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奥地の活力

印刷用ページを表示する 掲載日:1999年7月19日

福井県立大学教授 岡崎 昌之 (第2280号・平成11年7月19日)

人間にとって、心臓が生き生きと脈打っていることは不可欠である。それと同時に、末端の毛細血管が活力を持ち続け、きちんと機能していることが、健康な体を維持していく上で、重要なことだと指摘されている。

地域にもこれは当てはまるのではなかろうか。過疎指定町村を訪れても、その中心集落を見る限りでは、過疎といった面影は少ない。しかしその中心集落を支えてきた周辺、辺境の集落が高齢化し、姿を消し始めているのだ。いくら町の中心集落が賑わい、多くの施設が集中立地していようとも、この中心集落を周りから支えてきた、毛細血管のような多くの奥地の集落が消滅してしまったのでは、その中心集落の命脈も先が見えている。一度住み続けようとする拠点を失った思考は、ドミノのように、町の中心へ、地方都市へ、やがて大都市へと流れ、とどまるところを知らない。

鳥取県の山間部、岡山県に接して智頭町がある。かつては杉、檜の産地として栄えた林業の町だ。しかしご多分にもれず林業不況にあえいできた。八河谷という集落は、この町の最奥地の1つ、現在では29戸、50人が居住している。町内のまちづくりグループCCPT(智頭町活性化プロジェクト集団)や鳥取大学の研究者の支援を受けて、この八河谷で始まったのは、地元の杉を活用してのログハウスづくりであった。カナダ人のログビルダーの協力を得て、宿泊用の5棟が完成したのが1989年。杉の木村と名付けられた。今では25棟が立ち並び、ちょっとした山間リゾートの趣さえある。レストランや関連施設を含めて管理運営するのは、集落のほぼ全員が出資する産業組合「杉の木村」である。

今ではこの施設に年間1万人が訪れ、1,500人が宿泊する。大きい数字ではないが、50人の最奥の集落には確たる意味を持つ。行き止まりの地区、冬期には2メートルの積雪、外部との接触は少ない。集落の人たちは、営利より杉の木村を訪ねてくれる人々との触れ合いを楽しむ。「他の地域の人たちから羨ましがられます」と話す組合代表の綾木守さんの明るい笑顔が今の八河谷の気持ちを表しているようだった。