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地域産品ブランドからまちブランドへ

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年3月21日更新

法政大学教授 岡崎 昌之(第2753号・平成23年3月21日)

ブランドをめぐって

銀座、丸の内など東京都心にも、ヨーロッパや北米のいわゆる有名ブランドが続々と進出している。地域の特産品や農産物なども「ブランド」化への関心が高まっている。ただブランドを巡っては問題も起こっている。とくに中国における日本や欧米企業等の知的財産やブランド侵害は大問題となっている。DVDやキャラクター商品の偽物だけでなく、電気機械、輸送用機械など、一国の産業基盤を支える主要な産業分野でも、ブランドや知的財産の侵害が多発している。

なぜ“ブランド”は重要性をもつのか。ブランドについては主にマーケティング分野で研究がおこなわれてきた。例えばその重要性について次のようにまとめられている(小川孔輔『ブランド戦略の実際』日本経済新聞、1994年)。①市場が飽和状態にあり消費者の嗜好が多様化、②ブランドは品質保証、それを選択することで購買リスクを低下、③ブランドを高めることで、メーカーは消費者と直接取引、などである。

またガルブレイスは、現代では消費者が主体的に欲望を生み出すことはまれで、他の消費者からもたらされる情報や、生産者の宣伝広告によって、欲望を植え付けられることのほうが多いと述べ(『悪意なき欺瞞』ダイヤモンド社、2004年)、その意味でもブランドは大きな意味を持っている。

地域特産品の登場

各地の農林漁業の次産品やその加工品、また地域の文化や歴史に根ざした伝統工芸品もブランドが大きな意味を持つ。大分県が昭和54年から取り組んだ一村一品運動は、地元の資源と技術を使って、誇りとなる産物を創出しようという試みで、麦焼酎やカボスを全国区の特産品にし、いわば地域ブランド形成の先駆けともいえる。理念の分かりやすさゆえ、この一村一品運動は北海道や愛媛県など24道府県にたちまち波及した。当時の中小企業庁も後押し、全国的な産業おこし運動となった。

こうしたことを契機に、多くの地域産品が市場に登場してきた。それに従い、供給者側の論理を消費者に押し付けるだけでは産品は売れなくなってくる。地域の原材料、伝統的な加工技術という主張だけでは消費者は満足しない。それに加えて、デザイン、味、量など、現代の消費者のライフスタイルや食卓に受け入れられるか否か、が問われる。そういうなかで継続的に高い評価を得た地域産品は、そのブランドにより品質保証を得て、消費者から支持され、継続的な購入と、周辺への情報伝達に繋がっていくことになる。

地域ブランドの扱われ方

地域産品として重要なブランド性であるが、ブランドや知的財産としての位置づけは、これまで明確でなく、重視されてこなかった。この分野を統括する特許庁でも「従来の商標法では、地域名と商品名からなる商標は、商標としての識別力を有しない、特定の者の独占になじまない等の理由により、(中略)商標登録を受けることはできなかった」としている(特許庁HP「地域団体商標制度」)。

これによって大きな不利益を被ってきた地域特産品は数多い。著名な例は、北海道の「夕張メロン」である。夕張メロンは1960年に17人で発足した夕張メロン生産組合によって開発された。組合では共撰方式と厳しい組合員規約によって、徹底的にメロンの品質管理をしてきた。1970年からは首都圏のデパートを中心に販売し、高級メロンとしての位置づけを確固たるものにした。

こうした努力にも拘らず、偽装シールを貼った他産地の偽夕張メロンが多数登場した。これによって組合は数億円の被害を被ったとも言われている。しかし以前は、地名プラス商品名での商標登録は受け付けられず、やっと1993年になってマーク、シール、名称による商標登録が認められることになった。

農産物のブランド問題は国内に限られたことではない。高品質の日本の農産物は、最近では多くが海外にも輸出されている。しかし日本の農産物ブランドの陰に隠れて、輸入国の自国農産物を大量に混入させて販売したり、持ち出された種子で違法に栽培するといったケースも出ている。栃木県が開発、育成したイチゴ「とちおとめ」、北海道のインゲン豆「雪ユキ手テ亡ボウ」、奈良県のイチゴ「アスカルビー」など枚挙にいとまがない(農水省平成20年度、知的財産関連施策の概要)。今後、日本の農業においても、高品質の作物を開発、生産するとともに、ブランド管理も検討しておく必要がある。

三層の地域ブランド

地域ブランドをめぐる議論の混乱も見受けられる。その論点を整理してみると以下の3つの側面が考えられる。

(1)地域産品と地域ブランド

第1の地域ブランドとは、特定の地域で生産される産品のことである。古くから、地元の人びとによって、特定地域で生産されている産品、新しく品種改良や技術革新がおこなわれた結果、生産が始まり、広く評価を得るようになった地域固有の産品のことである。夕張メロンや魚沼産コシヒカリといった農林水産品が多いが、京都西陣織や南部鉄器といった伝統工芸品も、この分野の地域ブランドである。

地域産品への関心が高まり、地域づくりの一環としての地域ブランドが注目されるにつれて、産品に関する商標制度を整備することが強く要請されるようになった。そこで地域名と商品名からなる商標をより早い段階で登録が受けられるようにし、地域ブランドの育成に資するため、平成18年「商標法の一部を改正する法律」が施行され、地域団体商標制度がスタートした。

この地域ブランド制度には各地域から高い関心が寄せられ、登録件数は467件(平成23年1月)で、県別出願件数でみると京都府が145件と圧倒的に多く、ついで兵庫県(54)、北海道(42)等、実際に登録認定された件数では、京都府が56件、岐阜県、兵庫県が27件と続く。また産品別の出願件数では、野菜、果物、肉などの農水産一次産品が458件と最も多く、ついで伝統工芸品などの工業製品が241件となっており、現状では500近い地域ブランドが各地に存在している。

これらがよりブランドとしての価値を高め、地域で根付き、地域づくりの一翼を担い、全国的、グローバルにも定着していくためには、どのような方策が必要であろうか。

①中核的イメージの形成

まずはその中核となるイメージ形成が欠かせない。一般的にブランドと呼ばれるものには、特定のブランド名を挙げられれば、形態、色彩、作られた地域や都市といった、中核となるイメージが思い浮かぶ。特産品としての地域ブランドにもそのことは欠かせない。

例えば、地域団体商標にも登録されている京野菜や加賀野菜といった、古くから特定地域で栽培されてきた地域特産の野菜類も、それらが地域ブランドであるためには、その伝統的な野菜の形状や味覚に加えて、その背景に、京都や金沢の人々の暮らしぶりや街の佇まいが、イメージとして結びついている必要がある。どの季節にどのように調理され、食卓に供されるのか。どんな祭りや行事のときに食されるのか。そうした印象深く、強烈な核となる地域のイメージと共存して、はじめて地域ブランドは形成され維持される。

そのためには他地域に出荷するだけでなく、生産地を訪れる人々に、それらの素材を使って食材を提供できるシステムも必要となる。京都市内では京のふるさと産品協会が中心となって「旬の京野菜提供店」という認定証を配布し、飲食店等、食材提供者の意識を高め、京都を訪れる旅行者や消費者にも情報提供をしている。

②情報発信力の強化

地域に根付き、地域のシンボルを体現するような地域ブランドであっても、それが対外的に認知、評価されなければ、ブランドとして意味をなさない。産品やサービスを作り上げただけでは情報とはならない。いくら誠意を込めた優れた産品も、単体で地域に存在しているだけでは情報として他に伝わらない。

情報として内外に伝わるためには、その産品についてのストーリーや物語性が必要である。ストーリーや物語が伴って、はじめて他地域の人々は、その良さや意味が理解できる。地域と結びついた物語を、産品やサービスにいかに付加するかが、地域ブランドを持続的に確立させていくために不可欠である。

消費者の欲望は、その多くが生産者からのメッセージや他の消費者からの評判によって形成される。この視点からも、物語だけでなく、それを創出できる人材、地域を訪ねる人たちに、分かり易く伝えることの出来る人材が、大きな役割を占める。そうした人材の育成や誘致もこれからの地域ブランド形成で重要な点である。

(2)地域産品を包括する地域ブランド

市町村、都道府県内といった特定の地域内で生産される様々な産品について、一定の評価基準を満たしたものに、地名を冠して、ブランドとして産品を地域的に統合しようとする動きもある。全国的に知られた地名と、地域内で産する種々の産品をオーバーラップさせ、地域の暖簾をかけることによって、産品の存在価値を高めようとするものである。

伝統的、歴史的な固有性を持った都市や地域では、そこに根付いた伝統的工芸品、農林水産業の一次産品、加工食品、菓子、酒類など多様な産品が、地域内で生産されている。それら様々な地域特産品が、地名+商品名という地域ブランドで個別に情報発信するだけでなく、一定地域内で産出される地域産品群に対して共通のイメージ性を付与する試みである。

つまり横断的に、地域総体としてのイメージをあたかも地域の暖簾を掛けるようにオーバーラップさせ、地域の文化的、歴史的特性とともに、産品を地域統一ブランド品として内外にアピールし、イメージアップと販売拡大に繋げようとする試みであ る。

会津若松の試み

福島県会津若松市は、地名を聞いただけで、町の存在やその歴史を認識できる著名で由緒ある町だ。ここでは、培われてきた地域の歴史、伝統、文化を背景に、漆器、木綿、編み組工芸品、桐たんす、清酒などの伝統産業、また豊かな自然に育まれて、米、野菜、果実など豊富な農産物も生産され、味噌、醤油、菓子などの加工品が作られてきた。しかしこれらの産品は、それぞれ個別に消費者に渡り、会津という個性豊かな地域性を活かしきれていなかった。

そこで会津の知名度を活用し、地域のイメージと数多い地域産品を統合して、会津産品をアピールすることを目的に、平成13年度に商工会議所を中心に会津ブランド「会津 史・季・彩・再」を立ち上げた。歴史、伝統、文化、自然などに基づいたあらゆる地域産品のさらなる掘り起こしと磨き上げ、また住民に対して地域に対する自信と誇りを高めることも目的としている。平成18年からは広域の会津地域17市町村もこれに加わり、百数十の産品が認定されている。

(3)地域のブランド化「まちブランド」

産品のレベルを離れて、地域そのものを良好なイメージのブランドとすることが今後は重要である。地域の歴史やそこで育まれた文化、美しい景観、そこで営まれる魅力的な暮しぶりなどを統合して、地域そのものをブランドとすることである。

都市農山村交流、地域間交流が活発化し、それを基盤としたツーリズムは地域経済振興の大きな要素となっている。地域総体としてのブランド性を高めることが、都市農村交流のきっかけとなり、ツーリズムを誘発する。そのことが各地域にとって重要な課題となってきた。いわば「まちブランド」の確立と情報発信の重要性を考えることである。

まちブランドを形成していくためには以下の3点に留意しておく必要がある。まず、まちの中核的イメージの形成である。地域内には様々な事象、出来事、歴史が蓄積しているが、それらを統合して、全国、グローバルにアピールできる中核的イメージを明確にすることである。

例えば横浜市は市内に工業地域や多くの農地も抱えている多様な大都市であるが、その中核イメージは一貫して港である。倉敷市は市の南部に大工業地帯を有しているが、対外的イメージは白壁の蔵が立ち並ぶ町並である。住民からも賛意を得て、他に対して明確な統合的メッセージとなる中核的イメージ形成がまずは不可欠である。

第2は統一的情報発信である。インターネット等を通じて様々な情報が飛び交うが、それぞれの都市、地域に関わる情報を中核的イメージに基づいて統一化する必要がある。今後は各市町村が開いているホームページはもちろん、広報紙、要覧、観光案内パンフレットに至るまで、担当各課が勝手に刊行するのではなく、全体的にコントロールし、色調、デザインにも細心の注意を払うことが求められる。

高知県馬路村は柚子産品の産地として著名だが、その成功のポイントは、〝柚子を売る?前に〝村を売った?ことである。馬路村の山村としての力強さを、村民総出で演出した。村や農協が多くの冊子やパンフレットを刊行しているが、それらはほぼ同じトーン、雰囲気でデザインされている。そこで使用されている写真のモデルは、全て村民で、村内の風景が背景となっている。都会との距離を上手く保ちながら、山村の力、豊かさ、楽しさを一貫したデザインで押し通し、馬路村の統一的情報発信に成功している。そのことが柚子産品の売上げに大きく貢献している。

第3は景観整備、ライフスタイルの視点からの主張である。日本の大都市、地方都市は景観的に統一性に欠け、その郊外地域は、画一的な大型量販店が立ち並び、殺風景極まりない。地域の景観形成は規制や行政指導だけでは成り立たない。行政と民間の協力・連携が最も必要とされる。地域の景観は、そこに生活する人々の暮し方や価値観が敏感に表われるからである。

島根県西部の石見地域は、農山村の集落風景としては、国内で最も美しいといえる。その理由は、屋根に赤味がかった地域特産の石州瓦が葺かれ、在来工法の住宅群で形成されているからである。地域の人々が互いに折り合いをなして、そうした暮し方を選んでいるのである。

最終的にまちブランドを高めるには、そこに住む人々が自らの生活に磨きをかけ、美しいまちを形成することが一番である。

馬路村をPRする素朴なイラスト
馬路村をPRする素朴なイラスト

第3セクター㈱エコアス馬路村の製品・杉間伐材からつくる「モナッカ」
第3セクター㈱エコアス馬路村の製品・杉間伐材からつくる「モナッカ」 (写真提供:高知県馬路村)

岡崎氏の写真です岡崎 昌之(おかざき まさゆき)

法政大学 現代福祉学部・大学院人間社会研究科 教授

岡山市出身。(財)日本地域開発センターで企画調査部長、月刊『地域開発』編集長等を経て、1994年から2000年まで福井県立大学。2001年より現職。06~07年学部長。専門は地域経営論。

自治体学会代表運営委員、地域づくり団体全国協議会会長、国土審議会専門委員他歴任。全国町村会・道州制と町村に関する研究会委員。