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「旅館」 もう一つの役割〜地場産業のアセンブラーとして~

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年3月28日

國學院大學教授 梅川 智也(第3194号 令和4年3月28日)

日本独特の宿泊業である「旅館」は、チェーン展開するホテルとは異なり、地域に根差した、極めてローカルな存在である。その意味では地場産業といっても過言ではない。その土地その土地の生活文化と地域資源を上手く組み合わせて(アセンブルして)、新たな商品、価値を創るクリエイティブ産業といえる。

最近、宿泊という旅館本来の役割とは別に、地場産業のアセンブラーとしての機能を果たす好事例に出会ったのでご紹介したい。一つは三重県伊勢志摩地域、鳥羽での漁観連携の取組、もう一つは、佐賀県嬉野地域、嬉野温泉でのティーツーリズムの取組である。

鳥羽の旅館経営者Yさんは、前観光協会会長でありながら長く漁村のまちづくりに取り組んで来られた方だ。伊勢神宮の参拝客が泊まる鳥羽の価値は、美味しい魚を提供すること、つまり漁業に元気が出なければ、観光も廃れてしまうと、8年前に行政や漁協に働きかけて「漁業と観光の連携促進計画」を策定した。情報発信、地産地消、鳥羽うみ体験、鳥羽うみ育成、漁業活性の5つの視点からさまざまな取組が進められたが、近年の一番の成果は「トロさわら」だ。魚価が上がり、さわら漁師が増えるなどまさにブランド化に成功したといえる。漁業者の観光への不信感は根強い。当初は同じテーブルに着くことすら憚られたが、粘り強く漁師の方々を巻き込んでいったのはYさんの地域を盛り上げようという志だ。

一方、嬉野温泉の旅館経営者Oさんとその仲間達が取り組んだのは、古くから地域の名産として知られた嬉野茶を生産するお茶農家とのコラボだ。美しく広がる茶畑の中で、ゆっくり時間をかけて戴く煎茶とスイーツは、いわゆる「茶道」の世界とは異なる野趣溢れる嗜好の時間を与えてくれる。真っ白な装いの茶師(茶農家経営者)は、数十グラムの茶葉が数十万の収益をもたらしてくれる付加価値創出力と体験者との知的交流がティーツーリズムの魅力だと話す。ここで使われる茶器はやはり地域の名産・肥前吉田焼である。若手旅館経営者のアセンブル力が地域を変えて行く。