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イワシと大根

印刷用ページを表示する 掲載日:2006年4月3日

イワシと大根

エッセイスト 山本 兼太郎 (第2555号・平成18年4月3日)

幕末のころ、江戸屋敷勤務に国元から単身赴任している下級武士に、小まめに日記を書く人がいた。食べ物で最も多く買っていたものはイワシ、野菜では大根・ナス。総菜では焼き豆腐(下級武士の日記=青木直己)である。いまふうに言えば倹約と栄養とでもいうのだろうが、貧しさの象徴のような食生活である。

佐賀藩士だった江藤新平が東京にいたころ、明治政府がドイツから招いた医師、ベルツ博士の診察を受けたことがある。ベルツ博士は「これまで、いかなる食事をしてきたか」と質問すると、江藤は「2、3年前までは貧しくて、イワシの頭や骨は捨てずに、大根の葉といっしょに煮て食べたものだ」と答えた。これには通訳氏も困り果てて、「平素は粗食である」とだけ通訳したという話がある。

土光敏夫といえば、3期9年にわたって経団連の会長をしたり、昭和56年には第2次臨調会長に就任して「行革の鬼」といわれ、謹厳実直、抜群の行動力の人である。その土光さんの夕食がテレビで放映されたとき、食卓にのっていたのが、メザシという質素なものだった。それ以来、「メザシの土光さん」というあだ名がついてしまった。

土光さんは「子供のころから食事は野菜と小魚で、ママカリのすしなどはうまいもんだ」といい、大根の葉はうまい。みそ汁、漬物、油いためもよい。最近、これを捨てる人が多いのはなぜだろう」ともいっていた。

日本人の長命は有名である。120歳まで生きた泉重千代さん、百十六歳までの本郷かまとさんが、長寿の世界一と認定された。2人が生れ育った鹿児島県徳之島の伊仙町が今では早世の危機にさらされていると新聞に出ていた。

30歳から44歳の死亡率は全国平均の3倍にもなるという。油ものやマヨネーズなどの味付けが多い食生活の変化が原因のようである。

「メザシの土光さん」の方は小学生のころには4斗入りの米俵(60キロ)をかついで蔵へ運び、91歳で亡くなられている。