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「いい時代」

印刷用ページを表示する 掲載日:2005年8月29日

エッセイスト 山本 兼太郎 (第2531号・平成17年8月29日)

戦前・戦中・戦後を知っていることが自慢の老人たちの、ささやかな「飲み会」― そこでの話である。

ヨーロッパ、アメリカ、ア ジアの人たちに「これまでの人生で、いつが最もよかったと思うか」という調査があった。ほとんどの人が子供のころだ、いや新婚当時さ、赤ん坊を育てているころが一番楽しかったよ―というものだった。ところが、日本人だけが違っていた。「いまが一番よい」ということだったという。

昔は思いもよらなかった健康保険や年金もある。さらに世界一の長寿だ。戦前・戦中・戦後の一時期に比べりゃ天国と地獄ぐらいの差はある―と声を揃えて笑い合った。すると、一人が、大切なことがもう一つある、といって、次の話を紹介した。

ある文学者が、高名な歴史学者の高柳光寿に「日本の歴史で、一番よい時代はいつか」と聞いたところ、「いまが一番よい時代だ」と答えた。「しかし、このところワイロなどの不正が、新聞を賑わせて不快だ」というと、高柳先生は次の話をしたそうだ。

昔はワイロなどは問題にもならなかった。徳川家康が家臣の本多正信の禄高が少いので加増してやろうというと、本多は禄高は少いが、役目がら「もらいもの」が多いので、結局は禄高が多いことになる、今のままで結構ですと断った。すると家康は「ああ、そうか」といって、加増をしなかったという。家康も「もらいもの」即ちワイロを当然のこととしていたというのである。

江戸時代には当然のことであった「もらいもの」も、いまでは黒い霧として、マスコミ等で大問題になる。つまり、だれでも自由にものがいえる現在が一番よい。健康保険・年金・長寿それに、自由のある時代が一番よいというわけである。

では、この最もよい時代を更によくしてゆくには、どうすればよいか・・・とここまで、話が盛り上がったころには、老人たちは「いい時代の酒」に、すっかり酔って酔いつぶれていた。