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杉板と焼味噌

印刷用ページを表示する 掲載日:2003年1月20日

杉板と焼味噌

エッセイスト 山本 兼太郎(第2424号・平成15年1月20日)

行楽の季節である。心が動くが、なにしろ長年の大不況だ。懐ぐあいがどうも…と、かつて「中流」が御自慢だった知人が顔をしかめていた。

幸田露伴といえば、明治・大正・昭和の文豪で、昭和十二年第一回の文化勲章の受章者である。若いころ、三、四人の先輩友人と、それぞれが好みの酒をたずさえ、野草を摘みながら、春郊漫歩を楽しんだ。

そのさい、露伴は「例のもの」を持参することになっていた。それは、新しい杉板を小さな短冊ほどに切ったものに、味噌を三~四ミリの厚さに 塗り、味噌の方を軽く火であぶる。同じものを二枚つくって、味噌の方を腹合わせにして、紙にくるんでできあがりである。まことに簡素、しかも しゃれた一品である。あるいは、味噌に多少の手を加えてあったかもしれない。

さて当日、柔和な陽光と長閑な春風の郊外で、小鳥の姿や囀りを楽しんだり、緑の間に見え隠れする稲荷神社の、鳥居の寂びた朱色を楽しんだり しながら酒を汲みかわす。例の杉板にはさんだ焼き味噌に、杉の香りがほのかになじんで、ノビルなどの野草につけては、談笑とともに口にはこぶ。 遅々たる春の一日を、清清しく楽しんだというのである。

これなら懐具合を気にしなくても、十分春を楽しむことができるがどうかというと、かの知人は、昔とは社会情勢が違う、第一このような遊びに つきあってくれる人が、いまどきいるだろうか、と苦笑していた。

ところが、露伴先生は並の文人ではない。評論家の松山厳さんによると、露伴には「貧乏の四つの功徳」というのがある。①人を鍛ひ練る、②友 を洗う、③真を悟らしめる、④人を養う――である。

自分を鍛え、友人を洗いなおしてみる、虚飾を払い落として、本物とはなにかを省みることができる功徳である。日露戦争後の不況も、すっかり 慢性化して、世の中がしぼんでしまった大正初年の文章だそうだ。

「杉板の焼味噌の香りと野草」の中に、日本人が忘れてしまった美の姿が思い出される。