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二月の年賀状

印刷用ページを表示する 掲載日:2002年2月25日

二月の年賀状

エッセイスト 山本 兼太郎 (第2389号・平成14年2月25日)

このところ、二月に年賀状をもらうことが多い。

二月という月は、年の始めの新鮮な心の高まりもなければ、三月の春めいた華やぎもない。どこかゆるみがちで、中途半端な寒い月である。そんなところへ「立春大吉」と派手に大書して、かたわらに近況を記した年賀状がくると思わず顔がほころぶ。今年は二月四日が立春だった。

封書の表に「年賀」と朱書したのもあった。開いてみると、便箋に「献春」とあって、そこに春にまく草花の種が入った紙袋がはりつけてある。それだけで、もう春が踊り出たような明るい暖かさがあった。そして文面には「たとえ煮詰まった人生であっても、種をまく努力はお忘れなく……」と意味ありげな言葉が添えてあるのも嬉しい。

二月の年賀状で思い出したが、二月になると、もう次の年の年賀状をつくり始める気の早い人もいる。故人になったが「鬼平犯科帳」の作者の池波正太郎さんである。二月になるかならないうちに、もう次の年のエトの動物を自分でユーモラスに、品よく描いて印刷所に出している。少年時代に画家を夢見たというだけあって、絵はうまかった。

一千枚以上の年賀状の印刷ができあがるのが三月である。超という字がつくほど多忙な流行作家が、仕事の合間をみては、毎日少しずつ宛名を書く。自分の氏名も印刷ではなくて、必ず自分で書いていた。そして、十一月には、いつでも投函できるようにすっかり書き上がっている。この几帳面さは、職人的な厳しさを身上としていた人の、一種の美学のようにさえなっていた。

生活の中で、どこかちょっとした部分でもよい、自分だけの独創的なものを加えてみる。生きる楽しみの一つにしてもよい。それらが積み重なり広がり、時の流れに洗われると、やがて人柄をあらわす個性となって、その人なりの生活文化ができ上がってくる。