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伸びる

印刷用ページを表示する 掲載日:2001年1月22日

エッセイスト 山本 兼太郎 (第2342号・平成13年1月22日)

電車やバスなどで、若者たちは長い脚を持て余すように投げ出して座っている。そのはた迷惑なだらしなさは、他の乗客からいつも嫌われている。そんな若者(17歳)の身長が、1900年(明治33年)から100年の間に、男が12.9センチも伸びて170.8センチに、女は11.1センチ伸びて、158.1センチになった。

明治といえば、夏目漱石が22歳のとき(明治22年)、自分の身長は158センチだと書いている。当時の男としては、やや高いほうだが、現在では中学男子の1~2年生ぐらいである。

疾病史が専門の立川昭二さんによると、夏目漱石のころから、さらに100年あまりさかのぼった天明年間は、もっと背が低く、男は5尺1寸(約153センチ)、女は4尺8寸(約146センチ)しかなかった。現在の小学6年生から中学1年生くらいである。とすると、この200年の間に、男17.8センチ、女12.1センチも伸びたことになる。

特に伸びの著しいのは戦後で、男の場合に限ってみると、9センチも伸びている。200年間の伸びの半分以上は、戦後50年間に伸びたことになる。

原因は食糧事情の改善もあるが、も1つ重要なことは、世の中が伸び盛りの少年に、労働を求めなくなったからだという。俗な言い方をすれば、栄養のあるうまいものを食わせてもらって、のんびり育ててもらったからだということになる。

伸びたことはめでたいが、せっかく立派に伸びた脚だ、サッカー以外に役立つことはないものか、と友人に相談したところ、「まず、自分の脚でしっかり立つことだ」という。立ってからどうするのかと聞くと、「そして老人や身体の不自由な人に席をゆずる。すべてがそこから始まる」と真剣な顔でいっていた。