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言葉の印象と現実の姿

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年4月3日

福島大学教授 生源寺 眞一(第2995号・平成29年4月3日)

言葉による表現が人々に先入観というか、定型的な印象を与えてしまうことがある。あとから現実の姿を知って、言葉のイメージとの違いに意外感を抱くことにもなる。私が専門にしている農業の分野で例をあげるならば、新規就農者という言葉。自分の家の農業を引き継いだ人や、農業法人に雇用されて農業を始めた人を指す農業政策上の用語である。なかには資金や農地を自分で確保して、農業経営を立ち上げるケースもある。

新規就農者という言葉から受けるイメージは、若者ではないだろうか。たしかに、このところ農業に従事する若者の数が増えていて、農業界の明るい話題のひとつになっている。農林水産省が毎年実施している調査によると、2015年の29歳以下の新規就農者は9千人近くに達している。働き盛りという観点から44歳以下に年齢幅を広げるならば、その数はほぼ2万人である。

若者や働き盛りという点で、ここまでは新規就農者のイメージどおりと言ってよいだろう。ところが、同じ年の新規就農者の総数6万5千人のうち、ほぼ半数の3万2千人は60歳以上なのである。「新規」だから若者ないし働き盛りという印象とは逆に、リタイアを迎えた年齢層が数の上で若者を凌駕している現実がある。典型的には、定年退職を機に自宅の農業に本腰を入れるかたちの就農である。

こうしたイメージと現実のギャップをどう考えればよいか。超高齢化社会を迎えつつある今日の日本社会において、ここは前向きに受け止めるべきであろう。高齢者やその予備軍の就農は、ご自身の健康寿命の延伸につながるし、中山間地域では耕作放棄防止の役割を果たすこともあるに違いない。あるいは、高齢世代が農産物直売所の品物の確保に欠かせない存在になっている実態もある。

言わずもがなのひとこと。農業就業人口の急速な減少トレンドのもとで、リタイア組の新規就農が若者や働き盛りの営農の拡大を邪魔することはない。