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子宝の島

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年3月16日

東京大学名誉教授  大森 彌(第2913号・平成27年3月16日)

いまでは小学校の国語の教科書に万葉集が記載されているが、その歌人・山上憶良の「銀も金も玉も何せむに勝れる宝子に及しかめやも」は、私の世代にとっては忘れ難い。 子に恵まれない夫婦が子授けのご利益のあるとされる神社やお寺へ祈願にいくのは今も変わらない。しかし、現在日本では、子を何物にも代えがたい宝であるという考え方は弱まってきているように思える。 それが出生数の低下の一因になっているのではないか。

ところが、徳之島空港に着陸すると、“徳之島子宝空港”とある。2012年2月に付いた愛称というが、その由来は、どうやら、 空港を出ると「妊婦が寝ているようだ」といわれている「寝姿山」が出迎えてくれるからだという。徳之島空港を「子宝空港」と呼ぶにはなるほどと思える根拠があるのである。 奄美群島の一つである徳之島には、徳之島町、伊仙町、天城町の3町があるが、この島には「子やたぼらゆんしこ」(子供は恵まれるだけなるべく多く生んだほうがいい)という考えが根付いていて、なんと、 2009(平成21)年1月30日に厚生労働省が発表した合計特殊出生率では、伊仙町が全国1位の2.42、天城町と徳之島町が2.18で、2と3位であった。当時、東京都目黒区が0.74で最低、 次いで京都市東山区が0.75、東京都中野区も0.75であった。全国の平均値が1.31であったから、徳之島は文字通り「子宝の島」と言える。

なかでも伊仙町は平成26年1月にも、なんと2.81で再び全国1位になっている。住民の多くは、この町が子宝の島といわれる要因として「親や兄弟、友人、 近所の人など子育てを支援する人がいる」や「子どもが多くても何とか育てていけると思う」や「子どもは大事(くぁーど宝)なので授かった子どもは大事に育てようといった考えが地域にある」をあげている。 もちろん町役場もさまざまな支援策を展開している。大都市が人口減少に歯止めをかけるのなら徳之島に学ぼうということになる。しかし、子宝の意識が弱まり、核家族化が進み、 地域力が弱化している大都市では出生率を上げるのは至難である。妊娠・出産・育児で孤立しやすくなってしまった母親やその家族を包括的に支援する事業(日本版ネウボラ)などを強力に展開する以外にないだろう。