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「自治体消滅」の罠

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年5月19日

東京大学名誉教授  大森 彌(第2879号・平成26年5月19日)

単に未来のことを記述しているように思われる言説(予想・予測)が、現在の人びとの行動に影響を与え、その結果、その言説が現実化してしまうことを、 米国の社会学者R・K・マートンは「自己実現的予言」と呼んだ。マートンは、「銀行資産が比較的健全な場合であっても、一度支払不能の噂がたち、 相当数の預金者がそれをまことだと信ずるようになると、たちまち支払不能の結果に陥る」という例をあげている。日本のことわざでは「嘘から出たまこと」である。

増田寛也元総務相を座長とする「日本創成会議」の分科会が、2014年5月、半数の自治体で20・30代女性が半減するという試算を公表し、マスコミで喧伝され、 自治体関係者などに影響を与え始めている。もとは『中央公論』2013年12月号の論考「2040年、 地方消滅。『極点社会』が到来する」であった。「地方消滅」の指標として使っているのは人口の「再生産力」を示す20~39歳の女性人口の減少率である。東京圏などへの人口流出が続くと、 2040年時点で2010年に比べ若年女性が50%以上減少し、人口が1万人以上の市区町村が373に、人口が1万人未満の市区町村が523になるという予測である。523の自治体は「消滅可能性が高い」という。 増田氏たちは人口減に対する思い切った対策を提案している。 

自治体消滅といえば、「平成の大合併」で消滅した町村数は1600にも及んだ。人為的な市町村消滅は激しく大規模であった。市町村の最小人口規模が決まっていないにもかかわらず、 自治体消滅の可能性が高まるというが、人口が減少すればするほど市町村の存在価値は高まるから消滅など起こらない。起こるとすれば、自治体消滅という最悪の事態を想定したがゆえに、 人びとの気持ちが萎えてしまい、そのすきに乗じて「撤退」を不可避だと思わせ、人為的に市町村を消滅させようとする動きが出てくる場合である。未来の予測を「自己実現的予言」にさせてはならない。