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なんという地震災害

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年3月28日

東京大学名誉教授  大森 彌 (第2754号・平成23年3月28日)

3月11日(金)午後2時過ぎ、三陸沖を中心に大地が震えた。国内観測史上最大のM9.0の「東北地方太平洋沖地震」が発生した。南北に長さ500㎞、東西の幅200㎞にわたり断層のずれが起こり、これにより地球の自転が速まったという。

人びとの恐れるものを順に、地震・雷・火事・親爺といってきた。今日では親爺の権威は影をひそめてしまったが、地震・雷・火事は「健在」である。天変地異は忘れたころにやって来るというが、わが国では地震は忘れる暇がない。1995年1月のM7.3の兵庫県南部地震、2000年10月のM7.3の鳥取県西部地震、2004年10月のM6.8の新潟県中越地震、2007年3月のM6.9の能登半島地震、2008年6月のM7.2の岩手・宮城内陸地震など。

東北地方太平洋沖地震では、大津波が次々と海岸を越え田畑・住宅街を襲った。その光景はテレビで見る者さえ震撼とさせた。なんという自然の猛威であろうか。恵みの海から走るようにやってきた大津波は、火災を呼びつつ、人間が営々築いてきた暮らしと地域をあっという間に破壊しつくした。地震もそれに伴う津波も自然現象(ナチュラル・ハザード)であるが、その結果・影響の災害(ナチュラル・ディザスター)が人間社会の脅威となる。地震で止まった福島の原子力発電所の冷却装置が機能麻痺に陥り、放射能被曝を避けるために地元の人びとが避難するといった深刻な事態も発生した。

引き起こされる地震災害を目の前にすると、そこには、あたかも大自然の「怒り」があるのではないかとさえ思える。大地よ、その怒りを鎮めてほしい、と祈るほかない。多くの人びとが亡くなられた。ご冥福を祈りたい。身内を失い、住まいを失い、避難を余儀なくされた被災地の方々に心よりお見舞いを申し上げたい。被災地には、私にとって、全国町村会の研究会の私たちにとって、かけがえのない友人・知人がいる。悲嘆と艱難(かんなん)の中から平穏な暮らしに復帰できる日が一日も早く来てほしいと思う。激甚災害から懸命に立ち上がろうとしている現地の人びとの辛抱強さをみんなで応援したい。 (平成23年3月13日記)