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「ジコチュウ」の増加

印刷用ページを表示する 掲載日:2008年1月28日

東京大学名誉教授  大森 彌 (第2627号・平成20年1月28日)

人間の脳は、頭蓋骨に守られ、そこに鎮座していて、身体の各器官に指令を出し、指令通りに動いたかどうかを確め、必要に応じてさらに指令を発する。指令・統制こそが脳の特性ということになる。

これは一個人の身体管理であるが、脳の特性からして、他の人にまで指令・統制をまで及ぼうとすることは十分にありうるし、現にそうしている。人と人の間には、この指令・統制の相互作用が生じ、ときに衝突が起き、お互いがお互いを凌駕しようとして争うことも稀でない。

この争いは、放置されれば、相手を屈服させるまで終らない。持てる力をすべて動員して争えば、当事者は疲弊する。共倒れや殺し合いもありうる。

そうならないためには、自分だけでなく、他の人も指令・統制の指向を持っていることを認識し、相手と折り合うことを覚える以外にない。ある個人が他人に命令し、それに従わせようとする言動は、その他人からの同様な言動に直面する可能性がいつもあるから、個人は、つねに不満を感じざるをえない。それに耐えつつ、なお自分の指令・統制欲を満たそうと創意工夫することになる。

そして、他の人の集合が世間であるから、世間との共存が個人の生きる術となる。

世の中には、自分の指令・統制欲を貫徹しようとする「ジコチュウ」(自己中心主義者)が少なくない。最近目立つのは自分の指令・統制欲を自制なく満たそうとする「クレイマー」である。病院での「モンスター・クライアント」、学校での「モンスター・ペアレント」が話題になっているが、理不尽な要求を突きつけ、無理難題を言い張り、自分の意向が通らないと激した言動に出るような「迷惑な人」である。言動にブレーキが利かない「暴走老人」も出てきた。

「ジコチュウ」はこれだけに止まらない。公的な機関からサービスを受けながら、その対価の一部を公平に負担しない「未納者」「滞納者」も増える傾向にある。払えるのに払わないのは、世間での共存ルールに違反している。「ジコチュウ」は世間との共存にとって大切な「恥と外聞」を喪失しているともいえ、ハシタナイだけでなく、「ズル」でもある。