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馬搬

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年5月26日

法政大学教授 岡崎 昌之(第2880号・平成26年5月26日)

午年もはや半年が経とうとしている。遅ればせながら馬の話題をひとつ。“馬搬(ばはん)”という言葉をお聞きになったことがあるだろうか。土地によっては地駄曳きとか土曳ともいい、 英語ではホースロギング。山中で伐採した木材を、馬の力と山の傾斜を巧みに使って、集積場(土場)まで運び出すことである。昭和の中頃までは北海道、八戸、遠野、木曽、九州など、 馬搬も盛んで、日本の山は人と馬で賑わっていたというが、現在ではほとんど廃れた技術である。

江戸時代からの馬産地で、明治から昭和の中頃にかけては、馬による交易の一大中継点であった遠野郷では、現在でも乗用馬生産や馬術の普及に取り組んでいる。だがここでも、 馬搬の技術を持つのは70代、60代の三人の馬方だけとなった。今のうちにこの技術を継承しておこうと立ち上がったのが、馬に深く関わってきた岩間敬さんら30代の若者数人である。早速、 弟子入りし馬搬の技術を学ぶとともに遠野馬搬振興会を設立した。

世界をみると、馬搬先進国はイギリスやドイツ等だ。現在でも多くの馬と人が森で働いている。イギリスの馬搬協会British Horse Loggers(BHL)のパトロンはチャールズ皇太子で、 イギリス王室が全面的に支援している。女性のロガーも多い。ヨーロッパでは馬搬は馬だけでなく、小型機械装備の荷車などが馬と組み合わせて使用され、いわばハイブリッドの先端的森林伐採事業である。

大型機械を森に入れるには作業道も必要となる。機械による土壌の締固めで森への影響はかなり高くなる。それに比べ馬搬は、人が歩けるところであれば馬も入れる。作業道は不要で、 1トン近い重種馬を使うが、締固めの影響は20センチほどしかないといわれる。森で下刈した草はその場で馬の飼料となるし、イギリスでは馬搬で搬出した木材をオーガニック認証する動きも出始めている。 昔から馬糞の堆肥で作った米はうまいと言われている。岩間さんは馬糞の堆肥で作った米を「馬米(うまい)」、ほうれん草は「ホースレンソウ」と名づけて販売もし、好評だ。

人と動物と自然の共存を考えて森林保全をしつつ、新技術としての馬搬を再興することは、新しい林業を構築する一つの方策でもある。水力、風力に加えて“馬力”を見直そうではないか。