ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > コラム・論説 > かまぼこ板の物語

かまぼこ板の物語

印刷用ページを表示する 掲載日:2003年12月1日

法政大学教授 岡崎 昌之 (第2461号・平成15年12月1日)

ねんねこ祭(和歌山県古座町「木の葉神社」) 事実や出来事も、物語にならなければ人に伝わりにくい。ストーリーになって初めて腑に落ちることもある。地域のまちづくりも同様だろう。町村の面積、人口、標高など、統計数字をいくら声高に述べたてても、町の実態は把握できない。個性や特徴は伝わってこない。まちづくりの内実やまちづくりをとおした地域の将来を、住民に伝えようとするとき、物語の大切さはより一層深まるだろう。

愛媛県城川町はまちの資源である木材を、かまぼこ板に読み替えて、1995年から町立美術館ギャラリーしろかわを舞台に「全国かまぼこ板の絵展覧会」を開催している。「絵は誰にでも描ける。何にでも描ける」をスローガンに、今年で9回目となる。幼児から102歳の高齢者まで、全国から幅広い応募者がある。今年の応募作品は13,007点、応募者は20,593人、使われたかまぼこ板は26,691枚にのぼる。全9回の通算応募者は156,234人に達する。全国的にも稀に見る大規模な芸術展といえる。

これだけ広範な支持を応募者から得ている背景は、たんに小さく身近なかまぼこ板だから描き易い、ということだけではない。美術館スタッフと応募者との濃密な対応が見逃せない。第1回に応募した大阪の中沢裕美さんは、応募から数ヵ月後の七夕の日に白血病で亡くなった。裕美さんの両親は娘の応募のことは知らず、受賞の知らせに驚く。スタッフの計らいで裕美さんの白い猫の作品は、命の大切さを説くように額に入れられて、毎年ギャラリーに飾られている。年末が近づくと「白い猫」は箱入り娘になって、大阪の両親のもとに届けられる。節分までを両親のもとで過せるように。

中のおもて紙には「お父さん、お母さん、ただいま!」とスタッフが書き添えてある。

こうした物語が沢山積み重なって「かまぼこ板の絵展覧会」は人々の心を打つ。物語があるから感動がある。来年は第10回の記念の年10となる。折りしも周辺5町で市町村合併となり、新市が発足する。物語の凝縮した展覧会が、城川の地で継続されることを期待したい。