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身近さの安らぎ

印刷用ページを表示する 掲載日:2001年10月15日

法政大学教授 岡崎 昌之 (第2373号・平成13年10月15日)

山梨県小菅村は多摩川の源流部に位置する。奥丹の山あいに息づく、1,087人の穏やかな生活が流れている。村域の95%は山林で、その3割は東京都の水源涵養地になっている。村境には都民の飲み水となる奥多摩湖もあるため、川の水質にはことさら気をつかってきた。下水道は100%完備。1,000人の小村ながら下流域の世田谷区や川崎市と幅広い交流を続けてきた。今年は村で多摩川源流研究会も設立した。

こうした新しいまちづくりの息吹を持ちながらも、過疎化、高齢化の波は、小菅村にも押し寄せる。9月末で高齢化率は33%を越えている。高齢者の介護は急務となった。2年前に建設されたのが高齢者生活福祉センター「きぼうの館」だ。小さい村に見合う小規模な施設である。はきはきと明るい身のこなしが印象的な所長の青柳ひとみさんを先頭に、3人のヘルパーさん、1人の看護婦さんが、村のお年寄りの生活支援をしている。

ここに通ってくる高齢者は27名、ホームヘルプ事業は17世帯が受けている。村の1,000人は殆ど顔見知りで、ましてやこれまで村内で活躍してきたお年寄りは、気心まで知れている。学生達と施設に立ち寄ったときは、ちょうど日常動作訓練が始まるところだった。ヘルパーの女性達が段ボールを張り合わせて作った大きなすごろくを床に広げ、十数人のお年寄りがそれを囲んで、順番にさいころを投げていた。上がりまでには、村内の八集落の名前や橋、役場、温泉施設の小菅の湯などが、絵とともに配置されている。運良く小菅の湯に自分の駒が止まると、歌を披露するという趣向だ。さいころ一振りごとに、笑いと歓声が上がる。

互いに知り合っているお年寄り同士、若い時の活躍ぶりをよく知っているヘルパー達、熟知した村内をすごろくの上で行き交うお年寄りの駒。そこには小菅村の小宇宙が展開し、人同士が安心感を得られる、小規模がゆえの身近さが感じられる。お年寄りのリハビリも効果を上げている。大都市では実現することの難しい安らぎの場である。量や時間だけから推し量る効率性ではない、もう一つの基準がありそうだ。