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孫ターン

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年2月9日

明治大学教授 小田切 徳美(第2908号・平成27年2月9日)

近年活発化している若者の農山村移住(田園回帰)の調査をしていると、いろいろな実態に出会う。なかでも、興味深いのは、農山村住民の孫世代の「Uターン」である。 子ども世代を飛ばしてのUターンなので、「1世代飛び越し型Uターン」などと呼んでいる。

筆者がそれにはじめて気がついたのは、中国山地でのある町の移住者調査であった。その対象となった女性は、結婚して夫の祖父母の住むこの町に移住していた。 町営住宅に住み、夫婦それぞれが仕事に就くと同時に、町内の祖父母の家に通い、兼業的に農業を始めていた。

それ以降、各地で注意深く見ると、こうした事例にぽつぽつと出会う。既に、本欄でも繰り返し述べているように、若者の田園回帰のエネルギーは高まっている。 そして、その実践を考え始めた若者が、その移住先を探す時に、ひとつの候補地に挙げるのが、かつてお盆や正月に訪ねたことがある、祖父母が住む「田舎」である。 このなかで、孫の「Uターン」が生まれている。

しかし、このような孫の動きはどこかで聞いたことはないだろうか。他ならぬ、ドラマ「あまちゃん」である。被災地・岩手を舞台に3世代の女性の生き方を、時にはコミカルに、 時には含蓄深く描いた名作である。このドラマは、若い世代にも支持され、最近の「NHKの連続テレビ小説」復調のきっかけとなったと言われている。 そして、このなかで、田舎を飛び出した母親とは異なり、祖母が住むその地域をこよなく愛する孫が、「あまちゃん」として描かれていた。

脚本を書いた宮藤官九郎氏は、いまや時代の潮流と言える若者の農山漁村回帰をこの段階で掴んでいたのであろうか。そうであれば、その鋭敏な時代感覚に驚かされると同時に、 こうした孫の動きが、時代の象徴として意図的に描かれていることに気がつく。孫の「Uターン」にはそうした意味合いがある。

しかし、先ほどから「Uターン」という言葉を使っているが、これは正しくない。この場合の孫は、その地域の出身者ではないからである。 しかし、だからと言って、「見ず知らずの土地への移住」を意味する「Iターン」でもない。あえて言えば「孫ターン」である。

ドラマから飛び出し、いまや現実となり始めている「孫ターン」を、町村から呼びかけてはどうであろうか。「孫ターン歓迎」「孫よ来い、わが町村に」と。