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「買物難民」の意味

印刷用ページを表示する 掲載日:2010年6月7日

明治大学教授 小田切 徳美 (第2722号・平成22年6月7日)

農山村では、その時々に生じた課題を、新しい言葉を用いて社会的な問題提起が行われている。

1960年代後半から顕在化した激しい人口流出には、「過疎」という造語が当てはめられた。また、1980年代半ばに顕著となる耕作放棄地の増大と農業の担い手不足には、その対象地として「中山間地域」が使われた。この言葉は、1950年代に生まれた特定地域を表す学術用語であるが、幅広く条件不利地域という意味合いで使われるようになったのは、実はこの時からである。さらに、1990年には「限界集落」が登場した。集落機能の決定的な後退という新たな現象に、社会学者はこの重たい言葉を作らざるを得なかったのであろう。

そして、今は「買物難民」である。杉田聡氏の同名の著書(2008年9月発行)を契機に世に出た言葉であるが、当然のことながら、農山村をはじめとする地域にそうした現実があるから拡がっている。

農山村における生活上の問題は、従来は医療と教育が定番であった。しかし現在ではその課題がより深刻化して、日常的な買物さえも困難となるという新しい生活問題が生じている。それは、「過疎」(人の空洞化)、「中山間地域」(土地の空洞化)、「限界集落」(むらの空洞化)に続く第4の空洞化であり、生活条件の本格的空洞化であろう。

農山村にとってこの新しい空洞化が深刻な意味を持つのは、「人が少なくとも、農地が荒れていても、そして集落の助けあいが弱くなっていても、この地で新しい農業をしながら、少しずつ仲間を増やし、集落を再生させたい」という思いにあふれた者がいても、このような条件の拡大の中で、生活自体が成り立たなくなってしまうことである。

しかし、同時に注目すべきは、従来の3つの空洞化と異なり、この問題が都市でも同時に発生している課題だということである。先頃発表された経済産業省の報告書では、このような買物弱者の数を約600万人と推計しているが、量的には都市で多数を占めることが予想される。したがって、都市と農山村がともに知恵を寄せ合い、それぞれの問題解決に向けた実践を競い合うことが求められている。

「買物難民」は、都市と農山村の対立の時代から、共生し、協働するべき時代への転換を象徴する言葉でもある。