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幸福の経済学

印刷用ページを表示する 掲載日:2005年4月18日

東京大学大学院 助教授 小田切 徳美 (第2517号・平成17年4月18日)

いま、経済学の分野で、幸福研究(ハッピネス・リサーチ)が注目されている。「幸福」とは何か。それは、何によって決まるのか。計量経済学的な研究が新たな挑戦を始めている。

先頃、その一つの到達点であるフライとスタッツァーによる『幸福の政治経済学』が日本でも翻訳された。書店の経済学関係書「売れ筋ベストテン」にもランクされており、おそらく経済学関係者以外の関心も高いのであろう。

この書の中で、特に興味深いのは、スイスの州住民の幸福感の差違は、州ごとに異なる直接民主制の充実程度によって、かなり説明できるという計測結果である。これは、幸福感は所得等の経済的要素とは必ずしも強く結びついていないという分析を前提として導かれたものである。つまり、経済的豊かさと幸福感にはギャップがあり、それを埋めるものが、人々の政治的参加度であると解釈することもできる。

政治的参加状況が幸福感を高めるというのは、意外な結論に思われるかもしれない。しかし、本書をいち早く紹介した林敏彦教授(放送大学)も指摘されているように、日本でも高度成長期以降の1人当たりGDP急増期に、人々の幸福度は少しも上昇しなかったことを考えると、幸福感と経済的豊かさとの乖離、その要因としての政策的意思決定における住民参加の不十分性という構図が見えてくるように思われる。

こうしたことを考えると、市町村合併が進む中で、住民自治の砦として、行政との協働により「小さな自治」を築こうとする動きが、あらためて輝いて見える。京都府美山町、兵庫県加美町や広島県旧高宮町(現安芸高田市)で先発した「振興会」(美山)「地域振興会」(旧川根)や「住民会議」(加美)等である。顔の見える範囲に地域自治組織を構築し、またそれを拠点として住民が行政の意志決定にも参加していくという挑戦は、住民自らが幸福を享受しようとする動きと言える。そうであれば、「小さな自治づくり」は「大きな幸福づくり」であろう。

日本での本格的な幸福研究は今後の課題である。しかし、筆者の経験でも、いま名前をあげた地域の人々は、老若男女を問わず、笑顔が特に輝いている。日本においても、幸福研究が成り立つ可能性は十分ある。