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印刷用ページを表示する 掲載日:2015年3月9日

日本大学経済学部教授 沼尾 波子 (第2912号・平成27年3月9日)

役場庁舎の「庁」の字は、旧字体で「廰」と書く。屋根のある室内(广)で、話を「聴」くということだそうだ。「聴」の字をさらに分解すれば、「十四の心に耳」をかたむける。 住民の声に耳を傾け、それに応える場が役場ということだろう。地域の課題はこもごも。それを確認し、限られた財源を工夫しながら対応を図るには、まず話を聴くということだ。

ところが、役場のなかで、互いに話を聴き合う機会が減っているという。住民の声はいうまでもなく、同僚と話をする機会すら減少しているという話も聞く。 隣の席の人に電子メールで要件を伝えるという笑えない話もある。仕事が分業化されていると、担当者が責任者に状況を報告することはあっても、それぞれの部署が縦割りで、情報共有がないまま、 職員は個々の業務を黙々と担うことになる。

確かに、専門的な業務を担うには、縦割り方式は効率的であるかもしれない。とりわけ近年では、個々の施策分野について、計画策定に基づく管理・運営が求められるようになり、業務量も増えている。

だが、翻って地域に目を転じると、その課題は複合的であることも多い。個々の事業分野のことだけを考えて計画を策定するよりも、現場に足を運び、関係者の声を聴きながら、 地域の課題に総合的に取り組むことを考えていくほうが、地域の実情に合ったサービスを、より低コストで提供できることも多い。

地域包括ケアを例に取り上げよう。法改正により、病後から在宅でケアできる環境をトータルに構築することが求められることとなった。だが、退院後の住居、買い物支援、 見守りなどを総合的に考えようとすれば、福祉政策・住宅政策・商業政策等に目配りした複眼的な施策の組合せが必要となる。空き家を活用し、雑貨店を併設したデイサービス事業所を誘致する。 こんなことを実現するには、地域でケアに関わる専門職や住民の話を聴くとともに、各課の職員が話をしながら、個別の事業目的を越えたトータルな地域づくりを進めていくことが必要だ。

縦割り型で、事業別に効率化を図ろうとすれば、近隣都市との事業統合を通じた「規模の経済性」が追求されることにもなる。人口規模の小さい町村が今後も生き残るには、 例えば一つの施設に複合的な機能を持たせ、運営の効率化を図るといった方法で、「範囲の経済性」を確保することが必要である。そのためには、各課の職員が互いの声に耳を傾け、 さらに住民との対話を通じて、一石二鳥・三鳥の取組みを創ることが考えられてよい。

地域に軸足を置き、関係する人々が互いに相手の話を聴き、トータルに対応する。そのための対話の場が、今の役場には求められている。