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仕事と暮らしをトータルに考える

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年12月8日

日本大学経済学部教授 沼尾 波子 (第2901号・平成26年12月8日)

「ワークライフバランス」という言葉がある。仕事と暮らしのバランスを考えるということだ。だが、仕事と暮らしは、バランスをとるまでもなく、そもそも一体のものだったのだと思う。 農村において、農作業は仕事であると同時に、暮らしそのものであった。商売人の家では、店先で仕事をしながらも、行き交う人々と会話をし、町を見守っていた。

先日、120年以上の歴史をもつ鮨屋の跡取りが、「祖父の背中を見て育ち、親父と仕事の中で、何気ない会話をしながら、町を知り、人々の息遣いを感じてきた」と話してくれた。こんなふうに、 生産と生活とは、時間的にも空間的にも一つのものだったに違いない。

ところが、いつしか仕事と暮らしの場は切り離され、毎朝家を出て、職場に通勤することは、多くの人々にとって当たり前のものとなった。また、自治体の政策においても、産業政策は生産者への支援、 生活基盤の確保は生活者への支援とされ、別々の部署で対応が図られている。

だが、それを改めて一体的に考えてみたらどうか。先日、群馬県上野村でお話を伺いながら、そんなことを考えた。

上野村は群馬の山奥の山間地域に位置する。平地は限られており、面積の96%が山林である。村では人々が定住できる環境を整えるべく、きのこセンターや菓子工房・加工センターを整備するなど、 雇用の場を創出したという。その結果、多くの方が村に移住し、現在、住民の約17%が村外からの移住者となっている。

驚いたのはこうした職場における従業員の募集方法である。企業説明会や、就職活動を行う多くの人が利用する「リクナビ」のシステムに情報を登録し、募集をかける。だが「採用」面接には、 会社の人事担当者だけでなく、役場職員が参加し、仕事と暮らしの両方について説明を行い、1泊2日で村を体験する機会を設けるのだという。先輩移住者と話をする場も用意されるそうだ。

「村で働き、村で暮らす人」を募集する。この上野村の戦略は、訪れた人に仕事と暮らしの両面から問いかけを行い、 職業紹介や住宅あっせん等を行うものである。「自分の生き方や暮らしを考えて仕事を選びたい」と考える都会の若者にとって、「仕事と暮らしのトータルな提案」は、新鮮に映るだろう。

経済成長とともに生じた生活空間と生産空間との分断は、生産性を重視し、効率化を図る上で、意味のあることだったに違いない。だが、その結果、多くの仕事漬け人間が生まれ、 仕事と暮らしのアンバランスな社会が到来したのだとすれば、その両方に目配りしたトータルな地域づくりを考えることが、21世紀型の「豊かな」暮らしを創出することにつながるのかもしれない。