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うるわしの棚田とあらためて考える風景の価値

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年3月14日

早稲田大学教授 宮口 侗廸  (第2759号・平成23年3月14日)

年も改まって1月中旬、山口県周南市中須北地区を訪れる機会があった。かつての〈農村アメニティコンクール〉を引き継いだ〈美の里づくりコンクール〉の、表彰候補地への視察である。この地区は標高300メートルの凹地にあり、斜面の上までつくられた棚田から〈すり鉢棚田〉と呼ばれる、まさに美しく風格のある風景を守ってきた。裏山のため池からいくつものサイフォンをくぐって稜線に用水が引かれており、これによって大正年間に豊かな実りを約束する〈すり鉢〉が出来上がった。  

この棚田も多くの例にもれず、10年ほど前には3割ほどが荒れ、虫食い状態になっていた。この状態に危機感を持った住民は、すり鉢の中に点在する5集落の全住民が会員となる〈棚田清流の会〉を発足、この10年、農地と暮らしを自らの手で守る活動を行ってきた。農業体験交流会や棚田オーナー制度もつくり、竹やぶの整備にも努める中、耕作放棄地は1割程度まで減少し、まさにうるわしの棚田がよみがえった。農家で獣医でもある佐伯伴章さんがリーダーとなり、年次別に荒れた田や高齢者のみの家のマップをつくるなど、高い意識をみんなで持続されていることがすばらしい。

圃場(ほじょう)整備が進まなかったこともあり、まさに自然の地形の上に、機械ではなく人の手でつくられたゆるやかな曲線の重なりは、冬枯れの寒さの中でも、この上なく穏やかで美しかった。棚田で丁寧につくられたコメは、土地の名をとって〈泣かす米〉と名づけられ、評価も高い。その後の会議で〈清流の会〉は文句なく農水大臣賞に推挙された。 

降り積もる新燃岳の火山灰で大変な被害を受けた農家の人が、テレビのインタビューで、畑につもった火山灰を踏みながら、「何よりも緑が戻ることが希望」と答えておられた。あらためてこの国の、山と農地と農家が織りなす、人が育ててきた緑あふれる風景の価値をかみしめたい。人の思いとワザが育ててきた農業・農村の価値は、生産力という単純な数値のみで測ってはならない。