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地域に合う形の主張

印刷用ページを表示する 掲載日:2005年9月19日

早稲田大学教授 宮口 侗廸  (第2534号・平成17年9月19日)

富山県の西南部に、散居村で著名な砺波平野がある。家々は豪壮な屋敷林で囲まれ、家の大きさがよく話題になる富山県でも、とりわけ大きな家が多いところである。

この砺波平野の少し山寄り、旧城端町の田園地帯の一角に、この夏「 薪(まき)の音」という、すばらしい宿とレストランが生まれた。主は、中途退職した旧城端町の元職員である。氏とのお付き合いは長く、数年前には町の農村環境計画の策定を、一緒にさせていただいた。

平野の中心部と違い、背後に山を持つ旧城端町は、凝縮された山麓の市街地と、傾斜のある扇状地に散居が広がる美しい町である。計画づくりの際には、今の時代に安易な都市化を求めないで農村が美しく保たれることの意義を、真剣に議論していただいた。

これからの時代に農村的な空間が存在価値を発揮するためには、省力化一本やりで来た農業から、都市の人にその価値を味わってもらうツーリズム複合をめざす必要がある。それでこそ、地域にいろんな役割が生まれ、リタイアした人も含めて、人が生き生きと暮らしていけるのではないか。

農村空間を愛する氏は、大きな旧宅の一部の材を活用して、伝統美の中にも新鮮さを感じさせる建物を出現させた。金沢からフレンチのシェフを呼び、由布院の玉の湯で研修を受けたお嬢さんが一緒に働いている。

宿泊は三室のみで、設備のレベルは高い。レストランも小人数で静かに過ごせるように工夫されていて、何よりも、背後に山を持つ田園風景が心地よい。氏は今も一・七ヘクタールの水田を耕し、米と野菜はもちろん地元産である。職員時代には小生の旅にも同行するなど、広い世間から学びつつ地元の振興を考えてきた。壮大さを感じさせるこの豊かな田園空間にふさわしい、レベルの高いホスピタリティを示そうとしている氏に、心からの拍手を送りたい。

昨秋、旧城端町も多くの町村と合併して南砺市となった。この欄で、農山村の新しい息吹を、町村の話題として伝えにくくなったことが、何よりも残念である。