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センス・オブ・プレイス

印刷用ページを表示する 掲載日:2009年3月23日

ジャーナリスト 松本 克夫 (第2674号・平成21年3月23日)

イギリスの湖水地方に仕事で行って来たといっても、なかなか信じてもらえない。それほど有名な観光地だが、農村の暮らしという点では、日本の中山間地同様、厳しいらしい。湖を見下ろす山の斜面で羊たちが草を食む光景はのどかだが、羊を飼う農家の収入は全国の平均世帯の三分の一程度しかない。若者が出て行くのも、日本の田舎と変わりはない。

そんな中で、農業に加えて、新しいビジネスに取り組む農家が増えている。代表的なのは農家民宿である。朝食付きの安い民宿はイギリスの至るところにあるが、農家民宿の方が食事はたっぷりだし、その土地の暮らしのにおいがする。

ハイキングなどを楽しむ旅行者向けに、休憩所を兼ねた喫茶店を営む農家もある。時には農業体験などの教育ツーリズムの講師役を務める。農家の主婦たちが手作りの品々を持ち寄り、開いているウール製品の店もある。暮らしを支えるための多角経営だが、旅行者にとっては地元の人たちと触れ合えるのが楽しい。

新しいビジネスにためらいがちな農家の背中を押しているのは非営利の中間支援団体である。一軒一軒訪ねて回り、「母屋をこう改造すれば、民宿ができますよ」などとアドバイスする。今回、案内してくれたのも、長年、こうした団体で農家のアドバイザー役を務めてきた人だが、個別の農家の事情を実によく知っている。中間支援団体は主にEUや政府の補助金を基に仕事をしているのだが、補助金はこのような親身に相談に応じる指南役がいてこそ生きるものだろう。

滞在中、よく耳にしたのが「センス・オブ・プレイス」という言葉である。その土地ならではのものを大事にし、楽しむといった意味らしい。湖水地方の風景は農家の暮らしと自然が溶け合ったものだ。農家がなくなれば、「センス・オブ・プレイス」は味わえなくなる。だから、農家を行政、民間共同で支える。日本でも大事にしたいセンスである。