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分かりやすくする

印刷用ページを表示する 掲載日:2004年7月19日

静岡文化芸術大学学長・東京大学名誉教授 木村 尚三郎
(第2487号・平成16年7月19日)

 

NHKの「週刊こどもニュース」が、好評である。しかも「大人が見ている」といわれ、こどもニュースではじめてニュースの意味が分かった、との声が多い。台本作成には、何人かの年輩の専門家が当たっているようである。こどもに分かりやすく話せたとき、もっとはっきり言えば、こどもに分かりやすく話す能力を持つ人が存在するとき、大人もはじめて分かる、ということである。

すべてが分かりにくい世の中の今日、こどもにも分かりやすく話すのは何よりも大切なことである。と同時に、これほど難しいことはない。20世紀最大の歴史家といわれ、惜しくもナチスの凶弾に倒れたフランスのマルク・ブロックは言う。「パパ、歴史は何の役に立つの」とこどもに聞かれ、こどもにも専門家にも同じ口調で話せる人が、最高の学者である、と。彼の著書『歴史のための弁明』は、この言葉から始まっている。

各地にさまざまな美術館・博物館が建てられるようになったが、物を収集し、並べると同じく大切なのは、「いかに分かりやすく、こどもにも分かるように説き明かすか」ということである。それが出来たとき、はじめて大人にも外国人にも分る。何よりも自分で自分が分かり、自分の土地に住む誇りと自信が生まれる。

たとえば、「これは世界最古の木造建築物です」というだけでは教科書の記述で、頭には入らない。「先祖代々、この木造の建物を愛し、大切にし、火を出さないように気をつけてきたのです」と言えば、その特質がはじめてよく分かる。福沢諭吉も『学問のすすめ』に言う。「円い水晶の玉」と言うばかりで、こどもをにらみつけていてはダメだ、水晶とは山から掘り出すガラスのようなもの、この水晶でこしらえたダンゴのような玉と、解き明かす必要がある、と。

達人の手を借り、自分の町、自分の村、自分の地域を誰にも分かりやすくしたい。それが、生きる誇りと繁栄への第一歩である。