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古典はいつも新しい

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年11月4日

千葉市男女共同参画センター名誉館長・NHK番組キャスター 加賀美 幸子
(第2859号・平成25年11月4日)

放送で長年「古典」を原文で朗読し続けている。『万葉集』『源氏物語』『枕草子』『更級日記』『平家物語』『徒然草』等々。古典だからといって特別な読み方ではなく、 ごく自然に普通に声に出してみると、日本語の豊かな響きがそのまま伝わり、更に内容も解りやすくなる。

放送以外でも、様々な折に、古典を語り、古典を朗読しているが、「古典は難しい」と言いながら、多くの人が、古典の響きや古典のメッセージに改めて乗り出し、耳を傾ける姿にいつも気づかされる。

例えば吉田兼好の『徒然草』は…忙しく走り続ける世の中にこんなメッセージも届けてくれる。

「よろずのことは頼むべからず」…という二百十一段「…時の権勢があるからといっても、当てにしてはならない。強力なものはすぐ滅びる。財産が多いといっても当てにしてはならない。 たやすくたちまち失ってしまうものである。人の好意も頼ってはならない。その心は必ず変わる…(略)何事も頼りにしなければ、上手くいったときは喜び、そうでないときも恨むことはない。 更に、前後、左右に余裕を持つこと。狭いと身が砕け潰れてしまう。心もゆとりがないと、他と争ったりして自分を損なってしまう。ゆるやかにして、やわらかでいれば、 すこしも傷ついて失うことはないのである」…「(原文)ゆるくしてやはらかなるときは一毛も損ぜず」と。

鎌倉幕府が崩壊し、南北朝の動乱が始まるころ書かれたと言われる『徒然草』だが…今の時代に重なることがあまりにも多い。

何事も頼れない不確実な時代の中で、何が大事か…「心にゆとりを持ち、柔らかな心でいること」…それが何よりの生き方の鍵ではないか…と投げかけてくる。

見えない、分からない情勢…だからこそ、ゆとりをもって、世の中を見据え、考えてみる。忙しいからこそ、ゆとりが大事ではないか…吉田兼好はさりげなく伝えてくれる。『徒然草』全240段、 どの段にも生き方のメッセージが溢れている。古典はいつも新しい。