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景観を守る

印刷用ページを表示する 掲載日:2004年5月10日

NHK国際放送局長 今井 義典(第2479号・平成16年5月10日)

「日本は多分、世界で最も美しい国であったと思います。その自然が過去のものになりつつあります。・・・コンクリートと電線だらけの醜悪が今の日本の現実です」今から14年前にこう書いたのは、アメリカ人で日本研究家のアレックス・カー氏である。カー氏は「今の日本人は昔の美に対して何らかの恨みを持っているのではないか」とまでいってい美しい日本の残像」)。

ロンドンの西の郊外に幅30キロ、長さ80キロにわたって「チルターン・ヒルズ」の丘陵地帯がひろがる。豊かな自然の中にひとの温もりが感じられ、住むにも訪れるにも美しいところだ。東京でいえばさしずめ多摩丘陵か三浦半島というところだろうか。この人口100万ほどの地域の自然と街並みを守るNPOが「チルターン協会」だ。創設から40年、会員7,500人を擁する大組織で、地域の開発・保存計画を巡って厳しく行政を監視すると同時に、森や川などの自然保護、街並み保存、地域の清掃、住民のレクリエーション、環境教育など広範なボランティア活動で、地元自治体の肩の荷を軽くもしている。

そうした町の一つ、13世紀に開かれたアマーシャムには古い街並みがそのまま静かに残っている。中世の屋敷跡がホテルに、厩のあとはパブにという具合だ。19世紀末に鉄道開通とともに開けた丘の上の住宅街や近代的なショッピングセンターとは、はっきり分離されている。古い街並みの裏を流れていた小川の水の美しさには、歴史の美しさを守る住民の強い意志が感じられた。

今国会に日本の景観を守るための法案が提出された。美しい街並みや農山漁村の景観を創り守るのに必要な規制や事業のため、国の立法によって自治体を支援する仕組みを作ろうというわけだ。カー氏には「遅きに失した」と厳しく叱られるかもしれない。破壊に要した時間とコストとエネルギーの何倍も何十倍もかかる覚悟がいる。だからこそ今すぐにでも取り掛からなければならない。でも忘れないでほしい、経済効果最優先の考え方には大きな落とし穴があることを。