作新学院大学総合政策学部教授 橋立 達夫 (第2849号・平成25年8月5日)
長野県飯田市は1996年から『体験型観光推進事業』に取組んできた。伝統的な天竜舟下りに加え、地場産業である水引工芸の見学・体験、中心市街地の名店や裏路地探訪、 周辺の農山村部における農林業体験、農家民泊などを組合せて、主として中高生の体験学習型修学旅行の誘致に努めてきたのである。そして2001年、『南信州観光公社』が設立された。 現在は下伊那郡の全18市町村、企業・団体18社、個人2名が出資者となっている。そして150もの体験プログラムが用意され、2010年の受入客数は約2万人、体験プログラム参加者は延べ5万人に上った。
公社は地域観光情報発信の核となるとともに、観光振興の基本的考え方(ポリシー)を定め、それを圏域内の観光業者はもとより、商業・サービス業者、農業者、 そして一般住民に至るまで浸透させる役割を担っている。ポリシーは次の3つに集約される。①感動は本物の体験から生まれる。②本物の体験の実現のためには、 地域の人々がインストラクターや受入農家となってしっかりと関わる。③受入組織(窓口)は内向き、外向きに対して一つ。公社が体験プログラム全体の手配、調整、コーディネート、 精算の一切を行う。
完全な一元管理を行うことにより、ポリシーをプログラム全体に徹底させることができ、また農繁期には農業体験を避けてお客を別のプログラムに誘導するなど、 来客にとっても受入側にとっても参加しやすい環境が提供されている。常に客を迎える体制が整っている旅館やホテル、レジャー施設とは異なり、農家や一般市民も担い手となる観光では、 受入側の都合を考えた上でのプランでなければ成り立たない。逆にいえば、「できる人ができる時間にできることを」という、生業の余力の部分で対応する観光である。 そしてこの余力の部分を探し出し、紡ぎ合わせるという力=コーディネート力こそが、南信州観光公社の特色である。 今脚光を浴びる静岡県熱海市の地域マネジメント型の観光まちづくり=『温泉玉手箱』と肩を並べる取組みが、ここでは12年も前から行われていたことになる。