東京大学名誉教授 大森 彌(第2899号・平成26年11月17日)
今年もまた全国町村長大会がめぐってきました。この大会は、全国の町村長さんが一堂に集い、町村のゆくえを確固たるものとする政策を決意も新たに提言する一大イベントの場になっています。 以下、町村長さんに対して、人口減少と同時に自治体消滅論に立ち向かっていただきたい旨を述べたいと思います。
前岩手県知事・元総務大臣の増田寛也さんを中心にまとめた論文「2040年、地方消滅。『極点社会』が到来する」(『中央公論』の2013年12月号)が発表され、東京圏への人口流出が止まらなければ、 20歳から39歳の若年女性の減少によって多くの自治体が立ち行かなくなると予想しました。急激な人口減の深刻さを強調するため「地方消滅」という強い言い方をあえてしたのだと思います。
自民党幹事長であった石破茂さんは、増田さんをすぐに自民党国家戦略本部に講師として招いています。石破さんは、鳥取県八頭郡八頭町(旧郡家町)出身で、選挙区は鳥取県1区です。 素早い反応でした。第2次安倍改造内閣に入閣した石破さんは、「地方創生担当」大臣ですが、内閣府特命担当大臣(国家戦略特別区域担当)ということにもなっています。この石破大臣の下で、 地方の人口減少抑制と地域活性化を目指す「まち・ひと・しごと創生法案」と地域支援策の申請窓口を一本化する「地域再生法改正案」が国会の審議にかかっています。この2法案は、 2015年春の地方統一選挙対策を超えた長期的戦略として、その成否は日本社会の将来に重大な影響をもつと言えます。
ところで、石破さんは地方創生担当、国家戦略特別区域担当の大臣なのですが、これまでの地方分権改革や道州制はどうなっているのかと疑問に思う方もおいでになるでしょう。実は、 前の内閣の新藤総務大臣の肩書には、「国家戦略特区、地方分権改革、地域活性化、道州制担当」が入っていたのです。このたび入閣した高市早苗氏は「総務大臣」とあるだけなのです。
内閣総理大臣は、大臣任命に際し、各大臣が分担する政策をどんな視点で取り組むべきかを示す「指示書」を手渡します。石破大臣への「指示書」では「元気で豊かな地方の創生のため、 ・・・総合的な施策を立案し実施する。」とし、その7項目の中に、「国から地方への権限・財源等の移譲を促進するなど、地方分権を推進する。」と「『道州制基本法』の早期成立を図り、 その制定後5年以内の道州制導入を目指す。道州制導入までの間は、国・都道府県・市町村の役割分担を整理し、住民に一番身近な基礎自治体(市町村)の機能強化を図る。」が入っているのです。
道州制基本法案を国会に提出しようという意向は変わっていません。もっとも、地方創生の推進策には「国だけでなく地方も一体となった総合的な地域活性化を検討・実施する。」とされていますが、 これには自治体による地域政策の着実な積み上げと効果的な国の支援策がなければ実現しません。道州制の推進がまた表面化すれば反対の動きも台頭し、 地方創生の推進力がそがれてしまう可能性が高くなりますから慎重な運びになると考えられます。
自由民主党道州制推進本部の本部長は今村雅弘さんから佐田玄一郎さんに変わりました。佐田さんは、2006年の第1次安倍内閣で内閣府特命担当大臣(規制改革)でしたが、国・地方行政改革担当、 公務員制度改革担当、地域活性化担当、道州制担当を兼ねていました。2011年には党の道州制推進本部長を務めています。ただし、佐田さんは、国の地方支分部局を存置させ、 それと自治体との連携を強める仕組みとするなど、これまでの「道州制推進基本法案(骨子案)」を修正し、党内手続きが済めば国会へ出す意向であると伝えられています。今のところ、どんな内容のものになるのか、 道州制の扱いのゆくえについては何とも言えません。全国町村会としては、これまでの構えを維持しつつ、新たな展開に対して素早く対応し、町村の将来、 日本国の将来にとって道州制の何が問題なのかを訴え続ける必要があるかと思います。
日本の人口は1900(明治33)年には4,385万人でしたが、その100年後の2000(平成12)年には1億2,693万人まで増加しました。 2008(平成20)年に1億2,808万人となっています。もしこのペースで人口が増加すれば、2100年には約3億7,500万人になる計算ですが、 それだけの膨大な数の日本人が資源の少ない狭い国土で平和に豊かに暮らすことができるかどうか心配になります。
ところが、2008年をピークに総人口は減少し始めました。国立社会保障・人口問題研究所の2012年1月の推計では、総人口は、2030年(中位推計)に11,662万人、2050年に9,708万人、2060年に8,674万人、 2100年に4,959万人になるといいます。総人口が明治末期頃の規模に戻っていきます。今度は、急減していくことが危機だと捉えられ、人口減少に歯止めをかける政策が強調されることになりました。
人口急減の問題に対して広く自治体関係者の関心を喚起したのは、 先の論文に次いで発表された「増田レポート」(日本創成会議・人口減少問題検討分科会「成長を続ける21世紀のために『ストップ少子化・地方元気戦略』平成26年5月8日」)でした。 大都市への人口移動が収束しない場合、2010年と比べ2040年に若年女性(20~39歳)が50%以上減少する896自治体を「消滅可能性都市」とし、 そのうち2040年に人口が1万人を切る自治体523は「消滅可能性が高い」とし、その自治体名がわかる一覧表を示しました。「消滅可能性が高い」とは、自治体がどういう状態になることなのかは明言されず、 当然視しているかのようです。名指しされた市町村が困惑したのも無理はありません。
ある自治体の人口が限りなくゼロに近づけば、自治体は存立しえなくなります。しかし、自治体は法人ですから、自然に消滅することはありません。地方自治法は「地方公共団体は、法人とする。」と規定し、 法人としての自治体の任務遂行責任を法人の機関(議事機関である議会と執行機関である首長等)に負わせています。消滅というと自然に無くなるというイメージがありますが、 ある地方公共団体を法人として消滅させるには人為的な手続きが必要なのです。市町村が消滅するとは、関係市町村が自ら法人であることを放棄する場合です。それは、 法人としての任務の遂行を首長・議会と住民が断念するときです。
事実、わが国では、明治以来、市町村合併が進められ、おびただしい数の市町村が法人格を失い消滅しています。「平成の大合併」で消滅した町村数は1600余にも及んだのです。合併によって法人格が失われれば、 その首長や議会議員は失職しますし名称も消滅します。しかし、合併によって面積を拡大しても地域再生の解決につながらず、まして人口減少に歯止めをかけることなどできないのが現状ではないでしょうか。
「増田レポート」は、市町村合併による自治体消滅には言及していません。急激な人口減少(社会減と自然減の同時進行)によって市町村の存立基盤が危機に瀕することに警鐘を鳴らしました。しかし、 この警鐘の受け取り方には注意が必要なのです。
単に未来のことを記述しているように思われる予想・予測が、現在の人びとの行動に影響を与え、その結果、その予想・予測が現実化してしまうことを、 ロバート・K・マートンという米国の社会学者は「自己実現的予言」と呼びました。日本の諺では「嘘から出たまこと」と言います。
市町村の最小人口規模など決まっていないにもかかわらず、若年女性の半減で自治体消滅の可能性が高まるというのですが、住民人口が減少すればするほど市町村の存在理由は増しますから消滅など起こりません。 起こるとすれば、自治体消滅という最悪の事態を想定したがゆえに、人びとの気持ちが萎えてしまい、そのすきに乗じて「撤退」を不可避だと思わせ、人為的に市町村を消滅させようとする動きが出て、 当の市町村がそれに挑戦する気持ちを失ってしまう場合なのです。自然条件や社会・経済的条件が厳しい地域であればこそ、自主・自律の気概で、それを乗り越えようとする首長・議会・地域住民の強い意思があれば、 市町村が消滅することはありません。
さて「まち・ひと・しごと創生」ですが、普通は、「まち」は都市を、「むら」は農山村を意味していますから、「むら」が除外されているのではないかと疑問に思うかもしれません。 しかし、「創生法案」では「潤いのある豊かな生活を安心して営むことができる地域社会の形成」とか、「地域社会を担う個性豊かで多様な人材の確保」とか「地域における魅力ある多様な就業の機会の創出」と言っていますが、 ここでの「地域」から「むら」が除外されているとは考えられません。「まち」とは、全国津々浦々の地域を指していると理解できます。
地域とは、自治体が管轄する単なる「区域」ではなく、人びとが暮らす「場所」です。場所としての地域は、人と自然、人と物産、人と人との独自の関係によって成り立っています。市町村は、この関係を見抜き、 地域の政策課題を解決していく責務を負っています。時代の変化の中で、どうすれば、この責務を果たせるのかが問われるのです。
「創生」は広辞苑(第6版)によれば「新たに作り出すこと」ですが、1988(昭和63)年に、竹下登総理が内政の最重要課題として掲げた「ふるさと創生」が「創生」の字を使っていました。 ふるさと創生1億円事業でした。あれから四半世紀を経て再び「地方創生」が国の施策として打ち出されました。しかし、このたびは人口減少への対応が強く意識されています。
石破大臣は、使途の自由度が高い新たな交付金制度の創設を検討する考えを示し、そのためには、自治体が、地域活性化の具体的な政策目標を定め、交付金の効果をきちんと検証できる仕組みにすることが大切であるとしています。
ほとんどの町村では、少子高齢化の進展が自治の営みに多くの困難を生み出していることを認識し、すでにそれぞれの実情に応じ、6次産業の展開、婚活、子育て支援、若者の雇用や居住の支援、出身者の帰還、 移住希望者の受け入れ、グリーンツーリズムなどの施策を実施しています。
「地方創生」とは、遅ればせながら、国が本気になって人口減少に歯止めをかけようとすることですから、地方からの提案を真剣に受け止め、縦割りを排し、必要な財政措置を行うなど、 不退転の決意で実行してほしいというのが地方側のいつわらざる気持ちではないでしょうか。
日本の国籍法は、出生による国籍の取得に関して、「子は、出生の時に父又は母が日本国民であるとき」とし血統主義をとっています。日本社会は、 基本的に日本人である両親から生まれた子どもが次世代を成していく社会であるということができます。
しかも、日本では出産は結婚と強く結びついています。結婚すれば、平均して子どもを2人は産んでいます。決め手は結婚の成否です。 人口減少に歯止めをかけるには若い世代が安心して結婚・妊娠・出産・育児・子育てができるような施策を国と地方が一丸となって展開する以外にはありません。 結婚・出産は個人の決定に基づくがゆえに結婚制度の意義を強調しすぎることはありません。農山漁村では若者の流出に歯止めをかけ、若者の転入を促進し、人口構成のバランスを回復することが重要です。
その上で、当面は、人材育成を促進し個々人の生産性を高め、省力化に役立つ新たな機器の技術開発と活用を図りつつ人口減少のソフトランディングに希望をつないでいくのです。
大森 彌(おおもり わたる):1940年、東京都生まれ。東大大学院博士課程修了。 東大教養学部教授、学部長を経て、2000年東大定年退職、千葉大学法経学部教授。2005年定年退職。行政学・地方自治論を専攻。地方分権推進委員会の専門委員、日本行政学会理事長、自治体学会代表運営委員、 社会保障審議会会長・介護給付費分科会会長などを務めた。全国町村会の提言書『21世紀の日本にとって、農山村が、なぜ大切なのか』などの原案作成にかかわる。現在、 全国町村会「道州制と町村に関する研究会」「人口減少対策に関する有識者懇談会」座長など。著書に『政権交代と自治の潮流』『変化に挑戦する自治体』『官のシステム』など。