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地域力を高めるコミュニティ形成 ―持続可能な地域社会の構築に向けて

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年1月11日更新

法政大学教授 岡崎 昌之(第2945号・平成28年1月11日)

平成20(2008)年をピークに日本の総人口は減少し始めた。それに追い打ちをかけるように発表されたのが、いわゆる増田レポートであった(「2040年、地方消滅。『極点社会』が到来する」(平成25年)を皮切りに)。 その影響もあり、人口減少問題の憂いは、いまや日本社会を大きく覆う薄雲のようにも映る。とくに多くの町村の地域社会、コミュニティ、集落においては、人口減少問題はより重くのしかかっている。

しかし翻って、この人口減少問題という課題を、地域コミュニティレベルで改めて考えてみることから、町村の新しい価値や将来像が見えてくる可能性もあるのではないか。

1.なぜコミュニティ、集落への着目か

人口減少社会の集落

確かに多くの集落の現場を訪れてみると、地域コミュニティが担っていたかつての共助機能の低下は著しいものがある。かろうじて維持されている山間部の美しい棚田を見ても、それらを潤す水路に目をやれば、 その維持管理は今後数年で途絶えかねないような状況である。

また多くの農山漁村の集落やコミュニティが何とか維持されているのは、そこに踏みとどまってきた60歳代後半のいわゆる団塊の世代の活力に負うところが多い。この団塊世代の人たちが、農林漁業を担い、 伝統行事をつなぎ、彼らの親世代である80代、90代の人たちを支えながら集落をかろうじて維持している。

こうした状況の集落に対して、増田レポートの地方消滅論は、多くの集落に対して「ここでなにをしてもだめだ」というあきらめをもたらす一因となったことは残念であった。

しかしそうした集落に、さらに目を凝らしてみると、そこには団塊世代を支えている彼らの子供世代の活躍が見受けられる。

平成24、25年と福島県の「大学生の力を活用した集落復興支援事業」で訪れていたのは旧高郷村小土山集落であった。週末の夜には集会所に泊る学生たちを訪ねて、 30代後半から40代前半のいわゆる団塊世代ジュニアがたびたび集まってきてくれた。集落にとどまりながら、あるいは勤務地の喜多方市に居を構えつつも、週末や夏季休暇、年末年始には、集落に戻ってコミュニティの活動を支えている。

ただ彼らも結婚をし、子どもを持ち、親が高齢化するにつれ、このまま集落にとどまるか、親を呼び寄せ喜多方に腰を落ち着かせるか、大きな思案のしどころを迎えている。

こうした集落の状況は全国で見受けられることで、団塊世代ジュニアの決断が、ここ数年における各地の集落の行く末を決めることに繋がるといっていい。地域おこし協力隊などの農山漁村への若者移住を先導したのは、 実はこの世代であり、その意味でも彼らの去就は大きな意味を持っている。

福島県旧高郷村小土山地区:美しい棚田が維持されている
福島県旧高郷村小土山地区:美しい棚田が維持されている

集落からの現状認識

全国で地方創生戦略が決まりつつある。戦略策定にあたっては各都道府県、各市町村の2060年の人口目標策定が前提となっている。各地域とも苦労しながら目標を設定した。だが各県、 各市町村の40数年後の人口数に一般の人々はどれだけの関心があるだろうか。はなはだ疑問である。

しかし一方で、自らが生活する集落やコミュニティの人口が、将来どうなるかは肌身で感じる大きな関心事である。昨秋、高知県旧西土佐村の大宮下地区を訪れた際、地区の代表者が見せたいものがあると集会所に案内された。 室内の壁には地区の集落ごとの手描きの地図が大きな模造紙に描かれて数枚掲示してある。そこには詳細な各戸の家族の現状が書き込まれていた。インターンで来た外部の学生と一緒に作成したという。

この図を地区の人たちと見つめ直し、集落の厳しい状況を把握することから、バラ園や宿泊施設の経営、沿道の美化など、協働で作業することが軌道に乗ったという。

集落の行く末こそ大きな関心事項であり、生活者が肌身で感じる不安と同時に将来への出発点でもある。真の地方創生はこうした集落からの、行政と住民との協力による積み上げ、相互調整、 その上での市町村としての将来の模索が本来の姿であろう。

集落の歴史的蓄積と多様性

琵琶湖の東岸、野洲川の河口近くに兵主大社がある。平成30年には創建1300年祭を迎えるという。現存しないが、室町時代から明治の中頃までこの辺り一帯で栽培されていた兵主蕪は、 近江蕪や京都の聖護院かぶらの原型といわれている。1300年祭を迎えるにあたって、兵主大社とおうみ未来塾のグループ、周辺住民は、兵主蕪を再生し昔の調理法を復活させ、新しいレシピを作ることに着手している。

このことは、大社を中心に1300年を越えて周辺に集落が存在し、多様な生活文化が展開されてきたことを意味する。地域固有の作物を生産し、生活の技を持ち、集落を維持する仕組みが存在し、 営々と地域づくりが持続してきたことを意味する。

このような歴史的に裏打ちされ、濃密な生活文化の積み重ねを持つ集落は全国に数多く存在する。これは日本の集落のもつ重要な特性であり、世界的にも稀有なことではなかろうか。 簡単にムラおさめとか集落の集約化などに走るべきではない。

2.コミュニティ、集落からこそ新しい地方創生

集落のもつ価値を最大限に活かす地域づくりとは何か。小規模ゆえの効率性、個の尊重、そしてその能力の発揮は、いかにすれば可能になるのか。

地域外流出の最小化

地域経済を再生する“しごと”づくりを考えてみても、広域の県レベルで模索するよりも、集落レベルでの検討から始めるほうが、より具体的な取り組みに直結しやすい。 地域経済を振興するためには、「地域外流出の最小化」、「地域内流入の最大化」、「地域内消費の拡大」の三方策をしっかりと確認することが肝要である。

現在多くの集落で取り組まれているのは、ツーリズムや六次産業化など「地域内流入」の最大化に重点をおいた試みが多い。もちろんそれも重要であるが、集落の足元をみると、実際には多くの「地域外流出」が起こっている。

冠婚葬祭を集落で

先述の高知県大宮地区の取り組みは以前、町村週報でも紹介した(「大宮産業」平成24年3月5日、2791号)。JAのガソリンスタンドが撤退し、冬期間の暖房用灯油、農機具用軽油などの入手に高齢者が苦労しているとき、 住民は結束して出資し(株)大宮産業を設立し、ミニスーパーとガソリンスタンドを引き継ぎ、経営している試みである。

最近は県の集落活動センター事業を受け入れ、「みやの里」を新しく開設し、加工品開発や竹林の整備などに活動の幅を広げている。その中で進んでいるのが、旧保育所を改装して多目的集会所とし、 葬祭事業に取り組む準備である。集落や地区ならではの発想であった。

高齢化率が50%を超えようとしている大宮地区では、毎年10人近くが亡くなる。その葬儀は50キロ離れた旧中村市の葬祭センターなどで行われる。費用は百~百五十万円で、 単純に計算しても年間千~千五百万円が地域外へ流出していることになる。高齢化が進み年金生活者の多い大宮地区では、この費用は大きな負担であるとともに莫大な地域外流出である。費用もさることながら、 遠隔地で葬儀が実施されると、亡くなったお年寄りと最も親しかった高齢者が葬儀に参加できなくなる。大宮産業では社会福祉協議会から葬儀用具一式を譲り受けている。 旧来のように地域社会の身近な人たちで葬儀をおこなえば三十万円で実施できるという試算もしている。

㈱大宮産業が経営するガソリンスタンド
㈱大宮産業が経営するガソリンスタンド

㈱大宮産業が経営するミニスーパー
㈱大宮産業が経営するミニスーパー
【高知県旧西土佐村大宮地区】

買い物支援と商店の存続

なにも冠婚葬祭だけではない。郊外大規模店の立地で、農山漁村の集落では多くの店舗が廃業に追い込まれている。車の運転ができる世代は「地域外流出」し、高齢者は買い物難民となっている。

福島県只見町明和地区は日本でも有数の豪雪地帯であるが、自治振興会の事業として、高齢者を対象にした買い物支援バスの運行に取り組んでいる。県の補助を受け、お年寄りは年千円の登録費を払い、 毎週火曜日の午前中に運行する。バスは地区内の集落を回り、利用者は中心集落の商店で買い物をする。かつては各集落に商店があったが、生鮮食品店は中心部に1軒だけとなった。

買い物支援も目的だが、地元消費の拡大をしないと、残った商店も無くなる恐れがある。高齢者の手助け、荷物持ちなどのため、団塊世代の住民が添乗員として同乗する。地区に一人の若いお巡りさんも、高齢者の安全確保、 荷物運び、詐欺被害防止の呼びかけなどで協力している。各集落を回ることで、孤立しがちな高齢者の安否確認もできる。高齢者同士も買物中やバス内での会話が喜びになっている。

空き家となった住宅の危険な雪下ろし作業
空き家となった住宅の危険な雪下ろし作業

各集落を回る買い物支援バス
各集落を回る買い物支援バス
【福島県只見町明和地区】

連携・絆型の新しい地域づくり

こうした試みは一見、内向きで発展性のない地域づくりのようにみえるかもしれないが、実はそうではない。冠婚葬祭はコミュニティにおいて住民の絆や連携、信頼関係を構築することに大きな役割を果たす場でもある。 また買い物支援ということを通じて、集落内の安全確認、高齢者の見守り、世代間の交流などが実現している。

これは公共施設整備やインフラ整備といった、社会資本整備型の従来の地域づくりを脱して、絆や連携、 信頼関係こそが地域づくりの重要な基盤をなすとする社会関係資本(ソーシャルキャピタル)重視の新しい地域づくりに通じるものである。コミュニティ視点、集落の立場から考え、 取り組むことによって可能になる持続的な地域づくりとなるものである。

コミュニティを支える人財

団塊世代ジュニアの子供たちに集落の将来を託そうといういわゆる“孫ターン”や地域おこし協力隊等の若者移住も話題になっている。しかしそこで常に問題にされるのが、農山漁村の集落における働く場の欠如という課題である。

確かに都市の経済活動の実態や有効求人倍率といった視点からみれば、農山漁村における雇用の場は心細いかも知れない。大都市には圧倒的な数の働く場がある。しかしそれらの働く場は、 非正規やパートタイムの仕事である場合が多い。大都市は壮大な数の部品を組み合わせて成り立っている巨大なシステムのようなものである。一つの部品に不具合が生じれば、すぐさま取り換えることで、 忙しく動き続けなくてはならないシステムである。働く場は多いかも知れないが、そこはパートタイムであり、パート(部品)として位置づけられることが多い。 つまり都市はパートとそれをシステム化しマネジメントするエキスパート(専門家)から成り立ち、パートからエキスパートへはなかなか参入しにくい。

働くことで自己実現を図りたい、社会の部品でなく一員として存在を認めてもらいたい、暮らしが実感できる場に居たいといった志をいだく若者には、このような都市の雇用の場にはなじみにくい側面がある。

もちろん農山漁村にも多くのエキスパートが存在する。彼らは暮らしや生活のエキスパートである。自然を熟知し、山林や田畑を管理し、資源や産物の活かし方にたけ、人間関係の機微を心得ている。 そして多くの集落で新しい参入者が求められていることも事実である。

高い志を持ち、農山漁村のコミュニティに参入しようとする外部人財と、こうした集落の達人やエキスパートが有機的に結合することで、そこに新しい暮らしの場や雇用が生まれる。

このような両者を結び付けるのは、もちろん一筋縄ではいかない。地元コミュニティから信頼される町村長の果たす役割は大きい。

岡崎氏の写真です岡崎 昌之(おかざき まさゆき)

岡山市出身。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。(財)日本地域開発センター企画調査部長、月刊『地域開発』編集長を経て、1994年から2000年度まで福井県立大学。 2001年度より法政大学 現代福祉学部・大学院人間社会研究科教授。専門は地域経営論、コミュニティ政策論。2015年4月より名誉教授。北海道池田町、岩手県遠野市、金ヶ崎町、 山形県小国町、栃木県茂木町、福井県(旧)三方町、(旧)今立町、愛媛県内子町、熊本県小国町、大分県(旧)湯布院町、沖縄県読谷村他のまちづくりや計画策定に参画。
地域づくり団体全国協議会会長、福島県地域創生人口減少対策有識者会議座長、東北電力まちづくり元気塾アドバイザリーボード座長、全国町村会「道州制と町村に関する研究会」委員、自治体学会顧問、 まちづくり市民財団理事他。国土交通省過疎集落研究会委員、地域実践活動に関する大学教員ネットワーク顧問(総務省)、石油製品供給不安地域リスク評価研究会委員(経済産業省)、国土審議会政策部会専門委員、 観光政策審議会専門委員、他を歴任。
『地域は消えない』(日本経済評論社)編著、『地域経営』、『都市・地域経営』、『市民社会とまちづくり』(共著)、『まちづくり読本』(共著)他の著書。