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ポスト構造改革時代の地域再生と基礎自治体の役割

印刷用ページを表示する 掲載日:2010年2月8日

京都大学大学院教授 岡田 知弘(第2708号・平成22年2月8日)

一 戦後最大の経済危機と地域再生問題

2008年秋の「リーマン・ショック」以来、日本をはじめとして先進各国は、「グローバル恐慌」ともいわれる戦後最大規模の世界恐慌のなかで呻吟している。「100年に1度の経済危機」論の下で手厚い行財政支援を受けた自動車や電機メーカーは業績を回復しているものの、その多くは中国を中心とする新興国向けの輸出関連市場であり、地方の町村部では景気回復の動きは見られない。

むしろ、自動車、家電産業の部品工場を中心として、「派遣切り」から「工場閉鎖」の段階へと深刻さが増している。東北、北陸、北近畿、九州などで誘致企業の撤退や工場閉鎖、さらに地域百貨店の閉鎖が相次いでおり、地域住民の働く場と所得が急速に失われてきている。自動車、家電メーカー大手は、派遣労働者への規制圧力が高まるなかで、いっそうの海外生産の強化と、国内工場の閉鎖をすすめようとしているからである。

だが、これでは一部の多国籍企業の「企業再生」はできたとしても、日本 の地域、とりわけ町村部の地域経済の再生にはつながらない。そもそも、町村部の地域経済の衰退は、今回の経済危機から始まったわけではない。1980年代後半以降の経済のグローバル化にともなう、工場の海外移転、農林水産物や繊維品などの地場産品の輸入促進政策に加えて、2000年代に入っての構造改革の一環としての市町村合併の推進と「三位一体の改革」による大幅な歳出削減と公共事業の縮小が重なったことが原因である。これによって、人口減少が加速し、中山間地域では「限界集落」、「限界自治体」が増えるだけでなく、自殺や孤独死といった地域社会の崩壊ともいえる悲惨な状況が広がっている。また、耕作放棄地や荒廃山林が増大するなかで集中 豪雨による土砂災害や水害も急増し、人間が生き続けること自体が、社会的な側面においても、国土保全の側面においても難しくなっている。

つまり、一部の多国籍企業やその本社が集中する大都市都心部だけを優遇する従来の構造改革の方向ではなく、列島上の国民一人ひとりの命と安全で安定的な暮らしを第1にした再生が強く求められている時代となっているのである。このような時代において、「市町村合併や道州制で地域は活性化する」とか、「企業誘致で活性化する」という考え方は、もはや通用しない。小論では、そもそも、誰のための地域再生なのかという根本に立ち返って、構造改革の失敗が明白になった新しい時代において、基礎自治体が地域づくりに果たしうる役割を明らかにしたうえで、地域再生の視点と方向性について私論を述べてみたい。

二 「平成の大合併」で地域は活性化したか

「多国籍企業に選んでもらえる国づくり、地域づくり」を求めた日本経団連の要望に応えた小泉純一郎内閣は、構造改革の一環として、「平成の大合併」と地方交付税の大幅削減を主内容とした「三位一体の改革」を遂行した。2001年の「骨太の方針」では、市町村合併を進めることで地域は活性化されるとした。その理由を、総務省のホームページでは、「より大きな市町村の誕生が、地域の存在感や『格』の向上と地域のイメージアップにつながり、企業の進出や若者の定着、重要プロジェクトの誘致が期待できます」と述べていた。

だが、そもそも、地域経済の衰退や地方財政収入の減少は、前述したような経済のグローバル化とそれを政策的に推し進めた経済構造改革政策によるものであり、決して基礎自治体の大きさや「存在感」「格」「イメージ」にあったわけではない。明らかに見立ての間違いであった。実際に、鳴り物入りで大型合併したほとんどの基礎自治体では、とくに周辺部での地域経済と地域社会の衰退、あるいは崩壊ともいえる状況が広がっている。

最大面積の基礎自治体となった岐阜県高山市では、市街地から最も離れた旧高根村で、合併後わずか4年間で3割の人口減少を記録している。第2位の面積をもった政令指定都市浜松市でも、北部の旧町村からなる天竜区で、15%を超える人口減少率となっているうえ、消防署職員の広域異動の結果、救急車が山村で迷子になるという事態も生じている。

このようなことは、多かれ少なかれ、大規模合併自治体で共通して見られる現象であり、合併した自治体の住民からは「こんなはずではなかった」「だまされた」という怨嗟の声が噴出した。この結果、「さらなる合併」を進めようとした第29次地方制度調査会の最終答申においても、政府推進による合併政策については「一区切り」をつけると書かざるをえない事態となったのである。

三 地域づくりの主体としての基礎自治体

大規模合併した地域の現実を見れば、市町村合併が地域経済の活性化につながらず、むしろ衰退を招く原因が明らかとなる。逆に反面教師として、地域づくりにおける基礎自治体の役割を再発見することができる。

地域経済が毎年持続し、雇用や所得が維持されるということは、その地域において毎年まとまった投資がなされていることを意味する。これを地域内再投資を呼ぶ。投資主体は、企業や農家、協同組合、NPOだけではない。町村役場という基礎自治体も、毎年、行財政支出を行う投資主体である。とりわけ、人口が少ない小規模自治体ほど、地域経済に占めるウェイトは大きい。地域内で最大の雇用主体でもある。

さらに、基礎自治体は、その地域の国土保全から始まり産業、教育、福祉等、住民の生活全体に関わる行政サービスを、職員の手や農業委員会、商工会、社会福祉協議会を通して日夜行っている。さらに、集落や自治会での地域づくりや定住条件の確保についても、きめ細かなサービスも行っている。

市町村合併というのは、地域経済から、大きな地域内再投資主体である役場をなくし、さらに農業委員会や商工会、社会福祉協議会を統廃合し、住民の生産や生活支援機能を弱めることを意味する。合併後の旧町村役場は支所となり、ほとんどは窓口機能しかなくなり、地域づくりの相談・支援や、その地域に即した効果的な行政サービスを行うことができなくなっている。役場がなくなり、中学校や小学校も統廃合されてしまうと、一気に農山村は衰退する。これが、前述の高山市や浜松市では合併特例期間であるにも拘らず、短期間のうちに表面化したのである。地方交付税の算定換特例期間が終了する合併16年後には、さらに悲惨な状況が現出することになるだろう。

四 「小さくても輝く自治体」から学ぶ地域内再投資力と地域内経済循環

大規模広域合併した基礎自治体が苦境に陥っているのとは対照的に、政府による半強制的な合併政策に明確な反対表明をした「小さくても輝く自治体フォーラム」に参加する人口小規模自治体の地域づくりの取り組みには特筆すべきものがある。

「一人ひとりが輝く地域づくり」を目標に、村単独の圃場整備事業(田直し事業)を行い高齢者農家の負担を軽減するとともに、村内建設業者の仕事を創造し、高齢化に対応した高付加価値型の農業を村が育成したり、多数の住民参加による下駄履きヘルパー制度を住民主導で構築し、福祉、防災、雇用機会の創出を一体的に行なったうえ介護保険料や国民健康保険料を低水準に抑えることに成功した長野県栄村は、その代表例である。

宮崎県綾町、徳島県上勝町、高知県馬路村、長野県阿智村、岩手県紫波町などでは、地域の農林業資源を活用して、有機農業、森林エネルギーの活用を行うだけでなく、地球環境問題への積極的な貢献も行っている。

いずれの地域の取り組みも、基礎自治体としての町村役場が、住民と協働しながら、地域内再投資力を、財政的支援だけでなく、県や農協等の支援も得ながら、技術面、経営面、販売面において高めていく努力を行っている点で共通している。

また、地域には、産業、福祉、教育、交通、環境、国土保全の問題が、相互に連関しながら存在しているが、それらを総合的に把握して、横断的な地域政策を立案していることも重要な点である。これは、小規模自治体だからこそ可能なことであり、大規模自治体ほど、縦割り行政の弊害に陥り、住民の生活の場である地域への政策効果は薄まる。

さらに、高齢者が現役の地域づくりの担い手として活躍しているだけでなく、年金経済(栄村では村の小売販売額に相当する)を、お買い物券、タクシー補助券等の福祉施策を通して地域経済に循環させる取り組みによって、より若い世代の所得の源泉を生み出すことにもつながっている。

このように基礎自治体が公的資金も含めて地域内に経済循環を組織することにより、資金の回転数が増加し、地域内再投資力は高まり、所得が域内に行きわたることになる。つまり、団体自治と住民自治と地域づくりは、「三位一体」の関係にあるといえる。

五 地域の個性の発見と住民の自治力

地域づくりとは、崩壊しつつある地域経済・社会を意識的に再構築する取り組みである。その出発点は、地域の個性の発見と、その担い手である住民の自治力を高めるところにある。地域の個性とは、他の市町村には見られない、その地域固有の特徴である。自然、景観、歴史的遺産、伝説、伝統文化からはじまり産業や教育、福祉に関わる特徴もある。これらが、地域づくりをすすめていくための貴重な資源となる。

問題は、そのような地域の資源を発見し、活かす主体がすぐには見つからないことである。前述の小規模自治体のほとんどに共通していることは、いずれも公民館活動が盛んで、一人ひとりの住民が公民館での学びをもとに、地域の個性を知り、地域づくりにおい て何らかの役割を積極的に果たしている点である。綾町では、大分県の「一村一品運動」に先立ち、「一家一品運動」を公民館を中心に行ない、ホンモノづくりに取り組む中で、有機農業の里として大きな発展をみた。これらの運動を学んだ阿智村では、公民館を中心とした地区ごとの計画を住民自身が作成し、それを束ねた総合計画づくりと地域づくりの実践が展開されている。まさに、社会教育による学習の力、自治力が、地域づくりと住民自治の強化につながり、時代にあった地域づくりの創意工夫が柔軟に展開されているのである。

六 一人ひとりが輝くために 地域住民主権の発揮

地域資源の調査をしていけば、ほとんどの場合、それぞれの地域に住む人々と、そのつながりこそが最大の宝物であることがわかる。その住民が主権者としてつくりあげているのが、本来の基礎自治体である。

立派な道路ができたり、ハイテク工場ができたとしても、その地域に住む人々の暮らしが維持、向上しなければ、地域が活性化したことにはならない。何よりも基礎自治体の主権者である一人ひとりの住民が健康で輝くような人生を送ることこそ、地域再生の最大の目標にすえられなければならない。地域に存在する中小企業、農家、協同組合、NPOをつなぎあって地域内経済循環の網の目を何重にも広げていけば、それぞれの地域の圧倒的多くの人々の生活の向上と結びつくことになるわけである。

そのためには、地域のことは住民自身が決定し、自ら地域づくりに関わるという地域住民主権こそが必要なことである。民主党を中心とする新政権は、「地域主権改革」を標榜しているが、「地域主権」は、問題の多い概念である。現行憲法では、国や地方自治体の主権者は国民にある。「地域」という無限定的な言葉は、いつでも道州制や300基礎自治体に変わりうる曖昧なものである。そうなれば、これまでの構造改革以上に矛盾が大きくなるだけである。これまでの地域開発政策や「平成の大合併」の失敗に学ぶならば、団体自治のみを強くすることではなく、住民自治に基づく団体自治を、行財政面で保障することこそが、地域と日本を再生する道であるといえる。大規模合併自治体で問題が生じているところは、むしろ「分離・分立」によって、生活領域に近い基礎自治体に創りなおし、現行合併自治体については広域事業に特化した広域連合へと創造的に発展させることが求められている。

岡田先生の写真です岡田 知弘(おかだ ともひろ):1954年富山県生まれ。

京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了後、岐阜経済大学講師・助教授を経て、京都大学大学院経済学研究科教授に。
専門は、地域経済学、農業経済学。日本地域経済学会理事長、自治体問題研究所理事長。
主な著作に、『地域づくりの経済学入門』自治体研究社、2005年、『一人ひとりが輝く地域再生』新日本出版社、2009年、『新自由主義か 新福祉国家か』(共著)旬報社、2009年、『増補版 道州制で日本の未来はひらけるか』自治体研究社、2010年がある。。日本地名研究所所長。「南島文学発生論」で芸術選奨文部大臣賞。