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「スモールメリット」の保健福祉

印刷用ページを表示する 掲載日:2025年10月6日更新

東洋大学国際学部国際地域学科教授 沼尾 波子(第3335号 令和7年10月6日)

 群馬県上野村は人口約一千人。島しょ部を除けば関東で最も人口の少ない市町村である。黒澤八郎村長は「スケールメリットの時代は終わり、これからはスモールメリットの時代だ」と語る。高齢化率45%の村で展開される保健福祉の取組に、小規模自治体だからこそ実現できる強みを見た。

 村内の乙父地区には、総合福祉拠点「いこいの里」がある。診療所のあるこのエリアに、村は1989年、全国に先駆けて高齢者集合住宅を建設し、高齢になっても安心して暮らせる環境づくりに力を注いだ。その後、「すこやかセンター」、「いきいきセンター(総合福祉センター)」、さらに「デイサービスうえの」と「グループホームひだまり」となる施設を順次整備し、近年では老朽化した集合住宅も、生活福祉センターとして再整備している。

 これらの6施設はすべて連絡通路でつなげられ、施設等の居住者は雨の日でも濡れずに医療や介護等のサービスにアクセスできる。このなかに、役場の保健福祉課や社会福祉協議会、地域包括支援センターなどが配置され、医療・福祉・介護が一体となった体制が整えられている。健康相談から診療、介護予防や生活支援まで、切れ目のないサービスをトータルに提供できるのが大きな特徴だ。

 「へき地診療所」は村内唯一の医療機関であり、診療や往診、各種検査を行いつつ、保健師や介護職員と緊密に連携する。県のサポートもあり、医師が派遣され、土曜や夜間診療もある。また、生活福祉センターの調理場では、入居者だけでなく希望する高齢者全般を対象に配食サービスも実施されている。

 村は総出で総合的な保健福祉を支える。役場職員は複数の業務を兼務し、住民の顔を知るからこそ可能な対応を柔軟に行う。社協は高齢者全戸訪問による見守りや生活支援、ボランティア活動を支え、行政と住民の橋渡し役となっている。孤立防止や地域のつながり強化に果たす役割は大きい。

 村では、19歳以上の全村民を対象とした健康診断を実施する。国保や後期高齢者にとどまらず、事業主検診対象者の検診データの提供を受けられる体制を整え、村民の健康管理に取り組む。このほか、介護予防教室や健康づくりイベント、認知症カフェなども積極的に展開する。高齢者等の社会参加と健康寿命の延伸を促すこれらの活動は、医療費抑制のみならず、地域に活力を生む仕組みにつながっている。

 小規模自治体であることを弱点とせず、施設と人のネットワークを強みに変える。いこいの里を核に、村が一体的に高齢者をはじめとした住民の健康と暮らしを支える体制は、過疎地における持続可能な保健福祉のモデルとして注目に値する。この仕組みを支える行財政体制の在り方が問われている。