早稲田大学政治経済学術院教授 稲継 裕昭(第3334号 令和7年9月29日)
短期お手伝い型の旅行マッチングサービス、「おてつたび」「おしごとりっぷ」などが人気だ。旅行者が農家、宿泊施設、観光施設、イベント運営などでお手伝いをする代わりに、宿泊費や食費などの滞在費が無料または補助されたり、日当が支払われたりする仕組みで、地方の人手不足解消と地域活性化を目的としている。だが、写真でぶどう山椒の収穫をしているのは、援農ボランティア。遠方からやってきて、日当をもらうのではなく、逆にお金を払って収穫を手伝っている。
山椒の収穫量は和歌山県が全国の3分の2を占め、なかでも有田川町は日本一の生産量を占める。2006年に3町合併してできた有田川町。山椒の多くが収穫される清水地域(旧清水町)は昭和30年代には林業で栄え、人口も1万3千人を数えたが、いまでは約2千人。日本一の生産量を誇ってきた山椒農家の平均年齢も約80歳になるという。地域の担い手がどんどん減っていく。なんとかならないか。
地域の事業者が動き出し、町も呼応した。2017年に廃校になった旧城山西小学校(通称しろにし)をリノベーションし、移住就業支援拠点施設が2023年オープンした。運営するのは一般社団法人「しろにし」。施設内には共同社員寮として使われる単身者用の寮と、短期滞在者向けのドミトリー、そしてコワーキングスペースが備えられている。代表理事には、都会からUターンしたゲストハウス経営者の若い女性が抜擢された。
「しろにし」の重要な役割は施設運営よりも、地域の人事部として、さまざまなお困りごとを聞き、まとめ、支援してくれる人との媒介となることである。ぶどう山椒の収穫は高齢者には大変だ。それを手伝ってもらう若い援農ボランティアを募集し「ぶどう山椒収穫レスキュー」として山椒農家にマッチングしている。ぶどう山椒レスキューはアルバイト代をもらうのではなく、参加料金を支払って、1泊2日でぶどう山椒の収穫を手伝うのである。1泊3食ついて1万円程度を支払って援農ボランティアをする。デスクワークを離れて1日収穫作業に没頭して非日常を経験する。
集落のお困りごとは農繁期の人手不足だけではない。道普請、祭りの伝承、放置空き家。集落維持のための活動を立ち上げながら、地域外の人に関わってもらい課題解消のお手伝いをしてもらう。そのマッチングを進めるのが「しろにし」である。
地方の課題解決に「お金を払ってでも参加したい」という都市部の人々のニーズをマッチングさせる「しろにし」の「地域維持レスキュー」の取組。単なる労働力不足の解消を超えて、地域と関わりたい人々の思いを受け止める仕組みづくりが、持続可能な地域づくりの新たな可能性を示している。