明治大学農学部教授 小田切 徳美(第3330号 令和7年8月25日)
関係人口をめぐり、岐阜県飛驒市のプロジェクトが全国から注目されている。「ヒダスケ!︱飛驒市の関係案内所︱」と呼ばれるもので、地域課題と市内外の関係人口をWeb上でマッチングし、「棚田の石積み」や「古民家改修」などの多様なプログラムを実現している。それは、同市が早くからつくる「飛驒市ファンクラブ」から、生まれたものである。関係人口づくりに取り組む自治体関係の関心は強い。
しかし、このような背景に、同市の「事業を計画ありきで進めない」という基本姿勢があることはあまり知られていない。具体的に見れば、飛驒市ファンクラブからヒダスケ!への成長は計画したものではなかった。できることから実践し、その振り返りの中から新しい方向性を探り、積み重ねていくことにより生まれている。むしろ、「厳密な計画を立てることから始めない」ことが基礎にある。この方向性を唱える都竹淳也市長はいう。「最初に仕組みありきではなく、仕組みは結果としてつくられていく」。この考えは、同市の多くの事業分野で活かされている。
これは行政のあり方に対する、重要な問題提起でもある。PDCAサイクルの普及とともに、「計画なくして、事業なし」という原則が広がり、それが行政運営の標準となっているが、成功パターンばかりではない。ある自治体幹部は、「自治体は毎年、多数の計画づくりに追われている。ところが、しばしばD(Do)までも行かず、PDCAではなく、『PPPP』サイクルになっている」と表現している。
飛驒市行政は、そうした計画至上主義の問題性を十分に意識している。さらに、「計画にこだわると計画したレベルを超えられない」という、より積極的な思いも市役所には定着している。そのため、同市では、総合計画ではなく、「総合政策指針」を策定し、政策目的と方向性を示すことのみが行われている。また、財政プロセスでも、予算と同時に、決算も重視し、事業の成果や課題を丁寧に振り返り、その資料を公表している。
筆者なりに理解すれば、従来の「計画から始める入り口重視」ではなく、「実践による出口重視」である。事業実施に当たり、形式的な計画にこだわらず、自由な発想による創意工夫と多様な展開可能性を重視し、むしろ事業後に検証し、次の動きにつなげようとしている。
もちろん、このようなプロセスがあてはまらない行政分野もあることは容易に想像できる。だが、逆にこのような考えこそが必要な分野も少なくない。飛驒市の挑戦をこうした文脈で注目したい。