國學院大學 観光まちづくり学部 教授 梅川 智也(第3326号 令和7年7月21日)
地方に出掛ける楽しみの一つにお酒がある。日本各地でその土地ならではの日本酒や焼酎、ワインやウィスキー、近年ではジンやクラフトビールなどさまざまなお酒を楽しむことができ、またお土産として持ち帰ることもできる。ただ、なぜかお土産として持ち帰って飲むお酒よりも、現地で地元の皆さんと酌み交わすお酒は格段と美味しいことは誰しも異論のないところであろう。酒蔵ツーリズムやワインツーリズムの隆盛はその証左ともいえる。
お酒そのものの美味しさはさておき、地域によって独特な「飲み方の文化」があるようだ。まだ若かりし頃、最初に経験したのは高知。いただいた盃の下が抜けている「べく杯」には正直、驚いた。お酒を注いで頂くためには指で押さえていなければならないし、飲み干すまで盃から指が離せない。そして飲み干した盃は、「返杯・献杯」といってメンバー各人と盃を交わし合うという飲み方である。驚いているうちに不覚にも酔い潰れていた。
5年程前に経験したのが飛騨高山の「めでた」である。高山は旅行でしばしば訪れていたが、地元の方々と一緒に飲んだことはほとんどなかった。この「めでた」がいきなり歌われたときも驚いた。歌詞は「めでためでたの若松様よ、枝も栄えりゃ、 葉も繁る」というお馴染みのもので、出だしを歌い出す代表の方に続いて、みんなで合唱するのである。祝い唄が職場の懇親会や地域の集まり、かつては結婚式でも披露されたようだ。飛騨の宴会は、“「めでた」が出るまでは席を立ってはいけない” というルールがあって、それまでは立ち上がってお酒を注ぎに行くのは禁止。これには出された料理に感謝し美味しくいただくとか、悪酔いしないようにまずはしっかり食事をするとか、隣が初対面の人でも交流をもつとか、いろいろな意味があるとのことだ。同じ飛騨地域でも古川では「ぜんぜのこ」、神岡では「みなと」といってそれぞれ独自のやり方があるようだ。
そして一昨年、はじめて体験したのが鹿児島県の最南端・与論島の「与論献奉」だ。遠来の客をもてなす独特のお酒の流儀、その歴史は1561年に始まるとされ、朱塗りの大盃に注がれた黒糖焼酎をみんなで次々と回し飲む。大切な客人に対して島のお酒で歓迎と感謝の意味を表すのが本来の目的であって、飲酒を無理強いするものではない。施行者(ホスト)から順に、客人全員に対して1杯ずつお酒を献上し、口上を述べて、お酒を飲み干してから杯をホストに返すことを繰り返す。口上はそれが誰であろうとも周囲の者は静かに拝聴するという平等のルールだ。
特筆すべきは、そうしたお酒の飲み方のルールが「与論献奉十カ条」として明文化されていることだ。そして、そろそろ限界が来そうとなると親が手加減してくれる、そんな優しい酒飲み文化に“おもてなしの心”を感じた。