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地域にとっての望ましい農業の「かたち」とは?

印刷用ページを表示する 掲載日:2025年3月17日更新

総合地球環境学研究所プログラムディレクター 荘林 幹太郎(第3313号 令和7年3月17日)

 2024年度から農林水産省は「クロスコンプライアンス」をすべての補助事業に導入することとした。農林漁業に由来する環境負荷に総合的に配慮するための基本的な取組のうち、最低限の内容について報告すること等を義務化するものである。

 いささか耳慣れない「クロスコンプライアンス」の背景には農業政策ならではの歴史がある。多年にわたり経済開発協力機構(OECD)加盟諸国では、価格支持や直接支払と呼ばれる農家への直接的な財政支援をを通じて農業を支えてきた。一方で、多くのOECD諸国では農業の環境負荷が増大しない、あるいは農業が果たしている社会的にプラスの効果である農業の多面的機能が低下しないように、政府による所得支持のための直接支払の受給条件として「クロスコンプライアンス」を課すことが順次進んできた。直接支払の目的は環境保全ではないが、その受給条件として環境要件を課すことから「交差」して「遵守」するという名称がついている。最も早くには米国で1985年に「土壌保全コンプライアンス」として導入され、欧州連合(EU)では加盟国に対して2005年にクロスコンプライアンス政策の導入を義務づけた。

 このような側面を踏まえると、補助金の交付者が国である限りは、クロスコンプライアンスを中央集権的に実施することにはやむを得ない側面もある。一方で、地域にとってどのような農業が農業者や住民にとって望ましいかは、言い換えれば地域としての農業の「規範」は地域で議論し、皆で決定し共有されることが重要だと強く思う。多くの町村では農業が地域の生活や文化、景観の大きな構成要素となっていることを考えるとなおさらである。そのためには、「クロスコンプライアンス」の導入を契機にしつつも、それとは別に地域のあるべき農業の姿について共通の土台を作っていくのはどうだろうか。そのような取組の1つのモデルが兵庫県の豊岡市にある。同市ではコウノトリとの共生を主軸においた「豊岡グッドローカル農業」(GLA)を、2020年に策定した「農業ビジョン」の中心的な概念として位置づけた。そのうえで、GLAの内容は行政が決めるのではなく、農家、消費者、市民、行政がそれぞれGLAに貢献するための活動を実施し、それを集積することにより長期的な視点でGLAを皆で集合的に定義していこうとするものである。農業に関する共通の規範「かたち」を、地域で共創しようとする世界的にも珍しいこの挑戦に注目したい。