早稲田大学名誉教授 宮口 侗廸 (第3289号 令和6年8月5日)
日本一面積の小さい村、富山県舟橋村が最近脚光を浴びている。富山平野の中央部の水田地帯にある純農村であったが、県都富山市に隣接し、鉄道や自動車で20分程度で通勤できる地の利から、行政の誘導もあって、若い世代が新築移住し、世帯数は戦前の6倍近くに増えた。子供も多く、電車の駅が図書館になっており、その利用率は極めて高い。しかもかつての大都市郊外と違って、もともと家の大きさが日本一の富山県とあって、ゆとりある一戸建てが多い。このような地域では、行政が第一に取り組むべきは、暖かい人付き合いと支え合いのある豊かなコミュニティの育成であろう。その意味で村が子育て支援に力を入れていることはその基本と言える。
しかし舟橋村の状況は、小規模町村としては例外中の例外である。全国の小規模町村はふつう中心都市から離れた地域で、過疎化が進行しているからである。筆者は、この過疎化が進行している小規模町村でこそ、支え合う地域社会のあらためての創造に、行政は本腰を入れて欲しいと長く指摘してきた。
もともとわが国の地方社会では、経済活動とは別に集落や地区単位のさまざまな支え合いがあった。お祭りや行事も多かった。もともと地域社会に経済活動とは別の社会論的価値があったのである。人と人の間に随所で語り合いがあり、そこから楽しさが生まれるのが、地域社会としての理想であると思う。しかし過疎化の中で隣近所に空き家が増え、高齢化が進み、多くの地域で昔通りにそれを行うことは困難になってきた。過疎化の中で人口が減少し、人の構成が変わってしまった現在、このように人と人の関係のうえに成り立ってきた仕組みを、今の人の数と構成に合うように作り変えていくことが、地域社会の望ましい存続には不可欠であると考える。そしてその取組を進めていくことができれば、都市とは異なる先進的な少数社会への道が見えてくる。今の日本では人口減少は基本的に必然であり、どういう顔ぶれで、人と人のどのような仕組みをつくっていけるかが、地域社会の価値を決める。
高齢化は進んでいても、どの地域にも少数の働き盛りや若い移住者がいる。そういう人たちは従来の人とは違うセンスと力を持っている。特に小規模町村であれば人の顔が見えやすい。行政自体が具体的に人と人をつないで、一回り大きい単位で人が活動し支え合うグループや組織を育てることに強く取り組むべきであろう。元気な高齢者にも役割があるはずである。それこそが、小規模町村の、都市にはない地域社会の価値の、大げさに言えば創造になるはずである。ここに住んでよかったという声が多く飛び交う地域づくりを期待したい。