ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > コラム・論説 > 直接民主制?―ランツゲマインデ(住民総会)とDecidim(デシディム)

直接民主制?―ランツゲマインデ(住民総会)とDecidim(デシディム)

印刷用ページを表示する 掲載日:2024年7月29日更新

早稲田大学政治経済学術院教授 稲継 裕昭(第3288号 令和6年7月29日)

 ​スイスのチューリッヒから列車で1時間半ほどの距離にあるアッペンツェルは牧草地に囲まれたまち。スイスで最も小さな州であるアッペンツェル・インナーローデン準州(人口1万6千人)の州都だ。毎年4月の最終日曜日にランツゲマインデ(住民=州民総会)が開かれ、州の政治課題、州議員、州判事の選出を挙手で決める。直接民主制の原点だ。ランツゲマインデの起源は中世にあると言われ、昔はスイスの8つの州で行われていたが、現在ではここと人口4万人のグラールス州の2州だけで残っている。

 庁舎前広場には有権者である州民が集まり、議案ごとに賛成か反対かを挙手する※。議長が目視で判断し、きわどい場合は複数回投票したり、補助役が数を数えたりもする。賛否対立が予想されるものは、賛成、反対討論が短時間なされその後投票が行われる。投票の秘密の欠如という短所がある反面、全員が等しく発言権を持ち、また、採決の選択肢が投票箱に比べて多元的であるといった長所がある。

 両州とも小規模州であり、ランツゲマインデには多くても5千人程度が集まるだけだが、もっと人口の多い自治体では物理的に無理があるだろう。ただ、デジタル技術でそれを解決できる可能性を示すのがDecidim(デシディム)である。

 Decidimとは、カタルーニャ語で「我々で決める」を意味し、2016年にバルセロナで開発された。オンラインで多様な市民の意見を集め、議論を集約し、政策に結びつけていくための機能を有する参加型民主主義プロジェクトのツールで、フリーソフトウェアとして提供されている。オンライン上で、さまざまな意見を交換するとともに、場合によってはそこで投票したりできる。日本の自治体としては加古川市が施設の愛称募集、駅周辺のにぎわいづくりの検討などに積極的に導入しており、その後西会津町などに広がりつつある。現カリフォルニア州知事のギャビン・ニューサムが書いた『未来政府』(原題は“Citizenville”(市民の村))(邦訳は拙監訳で東洋経済社から発行)には、参加型予算の例などデジタルを使った市民の行政への直接参加の事例などが載っている。Decidimもまた直接参加の起爆剤となるのかどうか、しばらくその展開を見守っていきたい。

※グラールスの場合は事前に送付された黄色カードを持って挙手する。
(在スイス日本国大使館HP「青空集会に直接民主制の原点を見る」)
https://www.ch.emb-japan.go.jp/itpr_ja/11_000001_00794.html