ジャーナリスト 松本 克夫(第3287号 令和6年7月22日)
後講釈と言われそうだが、コロナ禍での国の対応は必ずしも最良の選択とは言い難いものだった。PCR検査の要件を厳しくし、感染の広がりを把握しにくくしたし、突然の一斉休校は少なからぬ混乱をもたらした。一斉休校には「うちの村には感染者は一人もいないのに」といった不満の声が各地で聞かれた。後に民間の有識者で構成する新型コロナ対応民間臨時調査会(委員長小林喜光元三菱ケミカルホールディングス会長)がまとめた調査・検証報告書でも、「一斉休校は疫学的にはほとんど意味がなかった」といった専門家の見解を載せている。ただ、学校を休校にするか否かは学校設置者の教育委員会の判断であり、安倍首相が決めた全国一斉休校は要請にすぎなかった。ところが今回の地方自治法改正により、想定外の事態が発生した際には個別の法律に規定がなくとも、国が自治体に「補充的に」指示ができることになった。どういう事態にどういう指示権が発動されるのか、明らかでないが、感染症が蔓延した際の一斉休校も予想される指示に含まれよう。
90年代のいわゆる第一次地方分権改革によって、自治体が国の指図を受ける機関委任事務は廃止になった。国の自治体に対する関与は法令に基づかなければならなくなり、国からの通達は強制力のない技術的助言に代わった。これらにより、国と地方の関係は上下・主従から対等・協力になったとされたのである。新たに設けた国からの一般的な指示権の規定はこうした分権の流れに逆行する。
分権改革を巡る攻防が激しかった当時、筆者は「三千の実験は一つの頭脳に優る」と唱えていた。いくら国が優秀な人材をそろえていても、各自治体が現場で自由に発想する無数の試みには敵わないという意味である。一律に国に従うしかない集権型社会に対する分権型社会の優位性である。国は一方的に指示するよりも自治体の知恵を借りながら対策を探した方がいい。