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「カムイ」のこころに触れる

印刷用ページを表示する 掲載日:2024年6月3日更新

東洋大学国際学部国際地域学科教授 沼尾 波子(第3282号 令和6年6月3日)

 久しぶりに映画館に足を運んだ。1903年に生まれ、19歳の若さで亡くなったアイヌ文化伝承者である知里幸恵さんをモデルにした映画「カムイのうた」を観るためである。 

 映画は、四季折々の北海道の美しい自然風景と生物の躍動する映像から始まる。その全てに神が宿ると納得してしまう映像の力に圧倒された。「文字を持たない、日本語とは全く異なる言語文化を有しているアイヌの人々が暮らしているということは夢のような現実の話※」である。だが、「全てに神が宿ると信じ、北海道の厳しくも豊かな自然と共存してきたアイヌ民族の生活も文化も和人が入ってきたことで奪われてしまう。生活の糧であった狩猟・サケ漁が禁止され、住んでいた土地が奪われ、アイヌ語が禁止された差別と迫害の日々※」。その物語の一端を、映像と音声で訥々と伝えていく。

 映像の中ではたびたびユーカラが歌われるが、その音色とリズムは美しく、心に響く。女優の島田歌穂さんは「敬意をこめて歌わせていただいた」と語る。

 主演女優の吉田美月喜さんは「この映画で私が一番伝えたいのは、知らないということを知ろうということ」と語る。また菅原浩志監督は「この映画で描かれていることは100年前の日本で起こったこと」であり、現在もアイヌ民族の方は差別に苦しんでいる現実があるという。被害者・加害者という関係を超えて、過去を知り、互いを理解し、その文化の大切さを次世代につなぎたい。映画関係者の言葉にそんな覚悟を感じる。

 この映画の企画製作・協力を行ったのが北海道東川町である。ロケへの協力や広報宣伝、企業からの寄附も募った。町ではふるさと納税制度を「ひがしかわ株主制度」として、町への投資(寄附)によって「株主」となり、まちづくりに参加する制度としている。この「投資」対象となるプロジェクトの一つにも「カムイのうた」制作が用意された。

 東川町は映画を通じて、今後、国内各地で地域上映を募るとともに、世界に向けてアイヌ文化・大雪山文化を発信するという。地域の歴史、文化を、多角的に見つめ直し、それを丁寧に次の世代に語り伝える。そこに共感する人々との新たなつながりも生まれるだろう。

 地域の心に触れ、それを伝える努力を続け、共感とともに参加する機会をつくる。そんなつながりと共感を大切にした地域づくりのあり方に感服している。

※(「カムイのうた」HP https://kamuinouta.jp/