早稲田大学政治経済学術院教授 稲継 裕昭(第3260号・令和5年11月13日)
いつの時代においても、町村は広大な国土をカバーする森林を育み、水源を涵養し、伝統文化を継承するという国民生活にとって欠かせない重要な役割を担っている。都市に住まう人たちも一様に町村の取組みの恩恵を受けてきた。町村はまた、地方自治の源流でもある。役場や議会における政策決定の場と、住民の暮らしの場は非常に近い。役場の職員が集落を訪問すると、「役場さん」と親しげに呼び掛けてくれる景色は、都会では見ることはできない。地域を担う自治体像の原点がそこにはある。町村では、長年築かれてきた人間関係、集落や学校区における面識度の高さという社会基盤のもとに、これまでの行政が運営されてきた。
だが、少子高齢化の進展は、町村部における方が都市部よりも深刻だ。これは行政課題として役場に重くのしかかり、それに対応する業務が増え続けている。また、国が様々な施策を打ち出すたびに、基礎自治体である町村現場ではその運用が求められる。国の政策決定に伴う自治体での計画等の策定に関する規定は、2010年以降の10年間で1.5倍に増加しているという。職員数の少ない小規模町村では対応ができなくなってきている。担うべき職員が必要だが財政措置は十分ではない。仮に財政措置がなされていても、人材確保の困難性がますます増してきている。
このような環境下では、役場職員一人ひとりが多能工的に様々な業務をこなさざるを得ない。これは1つの課で多くの職員を抱える大都市組織には見られない特徴である。様々な業務を同時進行で進めなければならない場合も多い。業務の中には、県や国への多量の申請書の作成や記入もあり、ひたすら作業に追われている職員も少なくない。
PCに向かって作業を続ける職員が増え、住民とのコミュニケーションに割く時間がなくなってきている。住民に最も身近な自治体である町村役場の優位性が失われつつある。それを解決するのがデジタルの力だ。町村のような小回りの利く小さな役場組織、住民の顔が見える地域コミュニティにおいてこそ、地域資源を最大限に活かして、「ひと」のつながりと「デジタル」を上手に組み合わせることも可能となる。
今、各自治体のデジタル関係職員は、基幹業務システムの統一・標準化への対応と、マイナンバーカードの普及促進とで手一杯になっている。国や県からの催促がなされることも多く、また、ランキングが公表されたりもするので、どうしても町村現場ではこれらの取組みの優先順位が高くなっている。だが、これらは本来、国家として方向性を決めて法律を定めたものであり、国家として十分な手当てがなされるべき課題で、国のさらなるサポートが必要だ。
他方で、上に見たようなPC作業に追われる職員の負担を如何に減らすかは、各自治体の取組み次第だ。担い手不足による厳しい地域経営に直面する町村だからこそ、デジタルの力で省力化できるものは省力化していくことが必要だ。
まず考えられるのは、繰り返し行われている作業の自動化である。RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)と呼ばれるもので行われるものが多い。これは、コンピューターのプログラムを使って人間の代わりに繰り返し行われる仕事を自動化する技術のことをいう。数多くのベンダーが様々なRPAを提供している。
例えば、職員Aが多様な業務のうちの1つとして、毎日出勤するとすぐに、明け方までに届いた20通のメールから特定の情報を取り出して、その情報をエクセルのテーブルに入力しているとする。毎日同じ手順で行う繰り返し作業だが、それだけで毎日1時間程度かかってしまう。RPAはこのような繰り返しの手作業を、職員Aの代わりに自動でやってくれるロボットのようなものだ。ロボットだが金属のロボットではなく、コンピュータープログラムのことを指す。職員が普段行っているクリックやキー入力、コピー&ペーストの作業をそのまま学び取り、職員がコンピューターでやる手順通りに繰り返し作業をしてくれる。しかも、間違いがない。
プログラムは複雑なものではなく、「シナリオ」と呼ばれる簡単なもの。エクセルなどを日ごろ使っている職員であれば1日程度の研修を受ければ扱うことができるようになる。平成30年度補正予算で補助金がスタートし、その後、特別交付税措置の対象にもなっている。
実際に導入している自治体では、担当職員が退庁時にエンターキーを押し、夜の間に機械に作業を行わせ、朝出勤したら、その結果を受け取るところから仕事が開始できるようになった所もある。職員の超過勤務の縮減に資するとともに、職員は繰り返し作業から解放され、より創造的な業務や、人とのコミュニケーションに時間を割けるようになる。
次にその他のルーティン業務の自動化である。例えば、会議録のテープ起こしは、職員の勉強になるし経費節約もあって職員に行わせている例が多い。だが、2時間の会議のテープ起こしでも、通常その5倍の時間がかかり、1日では終わらない。相当の人力を使うことになる。だが、音声認識のAI(人工知能)がその作業を助けてくれる。以前から「音声認識ソフト」は販売されていたが認識精度は低く、実用には耐えなかった。それが、AI技術の飛躍的な発展により、認識精度は格段に向上してきた。
無料のものでも(例えば、iPhoneのSiriなど)かなりレベルが高くなっている。これらの音声認識ソフトを使えば、会議録のかなりの部分は正確に文字起こしをしてくれる。人間が手を入れる必要があるのは、せいぜい1、2割程度で、時間も5分の1以下で済む。
役場の他部署から問い合わせが多くある部署がある。決まりきった質問が多い。それについては、チャットボット(ボット)の活用が考えられる。これは、コンピュータープログラムが人と「チャット」(会話)するためのツールだ。LINEやメッセージアプリで友達と話す感じで、ユーザーが質問やコメントを打ち込むと、ボットが自動的に返事をしてくれるようなイメージ。よく聞かれる質問例などで回答の辞書を作っておくと、質問に対して答えてくれる。他部署の問い合わせも、定例のものはチャットボットに対応を任せて、より深掘りしたものだけを職員が対応するようにすれば負担も軽減される。
このチャットボットは対住民との関係でも力を発揮する。定例的な問い合わせの電話対応や窓口対応で時間の多くが奪われている職員も多い。しかし、それらはチャットボットに任せ、職員が対応するのはより深掘りした問い合わせに絞ればよい。問い合わせをする住民等からしても、1年365日24時間問い合わせができるのは魅力だ。さらに詳しく問うときだけ、電話をかけたり窓口に行ったりすればよい。
インフラの点検にもAIが活用される例が増えてきた。例えば、道路損傷箇所の点検は、道路課の職員が定期的に公用車に4人1組などで乗り込んで道路を回り、陥没や白線のカスレなどがあればそれをメモし、帰庁後マップ上に入力するという手順をとることが多かった。だが、現在では、運転手1人だけで道路を回ることで足りるようになっている。助手席のダッシュボードにスマホを搭載し、動画撮影モードにして道路を走る。撮影中に陥没やカスレを検知するとスナップショットをクラウド上にアップしてくれる。GPS信号がついているので、道路担当課にあるPCの地図ソフトにそのまま自動で落とし込まれる(マッシュアップされる)。大幅な人手の節約と入力作業からの解放が可能となった。東大の研究室と千葉市などが開発したものだが、今では、コンソーシアムが作られて、人口規模に応じた会費を支払えばこのシステムが利用できるようになっている。
紙からデジタルへの変革は重要だ。例えば、職場で紙の文書、書類が山積みになっていてそれを探し出すために多くの時間を費やしている職員がいる町村もある。だが、ペーパーレスを進めた町村では、検索の時間は格段に短くなっている。電子決裁の展開もポイントだ。ペーパーレスが進むことにより、テレワークも可能になってくる。一部の町村では、町村長が出張先からも決裁ができるようになっており、決裁スピードも格段に速くなっている。
業務のデジタル化に際して、重要なことは、この機会に業務フローそのものを見直すBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)を行うことだ。BPRとは、業務本来の目的に向かって、既存の組織や制度を抜本的に見直し、プロセスの視点で、職務、業務フロー、管理機構、情報システムをデザインし直す(リエンジニアリング)という考え方のことである。長年引き継いできた業務処理手順が、今となっては不要になっていることもあり、見直しにより処理手順が短縮できる場合も多い。庁内でのデータのやり取りだけで相当の時間を費やしている例もあるが、データ基盤を共通化することで部署間のデータのやり取りという無駄な時間を省くことができる。
もちろん、現在進行中の業務を停止することはできず、BPRの作業を行うということは、一時的には業務負担が増えることを意味するので、現場での抵抗は強い。だが、そもそも業務フローが今のままでいいのかを見直すことなくして、将来的な仕事の改革、デジタルを利用した仕事の変革を行うことはできない。BPRを得意とする外部の力も借りながら、進める必要がある。
DX(デジタル・トランスフォーメーション)というとデジタルのことばかりが議論されるが、本当に重要なのは、むしろデジタルよりも「トランスフォーメーション」(変革)の方である。業務の変革に向けての取組みが待たれる。
令和4年秋にリリースされたチャットGPTをはじめ、生成AIは人間社会に革命的な変化をもたらし始めている。令和5年春から横須賀市など生成AIを使う自治体も登場し始めた。
町村における活用も今後大いに考えられる。行政業務のかなりの割合を占めているのが法律・政省令・通知に基づいた膨大な文章を踏まえた上で、町村にそれを適用する作業である。その作業には、高度な知識とともに多大な労力と時間が必要だった。だが、自然言語の解析と生成はまさに生成AIが得意とするところで、こういった作業に十分に活用が可能だ。また、広報のキャッチコピーの考案などに活用している自治体も多く出てきている。
もちろん生成AIには様々な制約がある。契約次第だが、こちら側での入力情報が企業側で収集される場合がある。そういう場合には個人情報をはじめとする秘匿事項の入力はNGである。また、あくまでクラウド上に飛びかう情報から判断して答えを出しているので、間違いを示してくる場合もある。最後は人間が判断して正しい文章を作成したりする必要がある。とはいうものの、調査し、文章などを考え、入力する手間は飛躍的に節約することができる。
庁内のデジタル化の進展は、ひいては、地方公共団体の最終目的である「住民福祉の増進」(地方自治法第1条の2)、つまり住民サービスの向上につなげるべきものである。
そのためにも、紙からデジタルへの変革が重要だが、多くの町村ではそれが十分ではない。西日本のある町長さんは、紙にとらわれることが住民との対話の機会を失わせていると嘆いていた。この町役場では地域内をいくつかのブロックにわけて、健康体操の取組みを進めている。保健師さんも現場に一緒に出掛けていくが、ずっと下を向いて必死にメモを取っていることが多いという。周りの保健師がそうしているから、という理由だそうだ。帰庁後は入力作業に時間をかけている。町長によると、本来やるべき仕事―住民との触れ合い―ができていない。メモは音声認識AIを使えばその時間が浮き、最も重要な住民と相対する業務に従事することができる。町長の考えでは、将来的には、健康体操の場などに役場とリモートでつなぐ機器を持ち込み、なんでも相談会をして直接担当課の職員と相談ができるようにしたいという。
災害対応にもAIが活用できる。多くの町村では防災無線で住民に災害時に注意喚起や避難呼びかけなどを行っている。だが、住民の中には、NHKのアナウンサーの言葉は聞き取れても、雑音の混じったスピーカーから流れる役場職員の読み上げが聞き取りにくいという人がいる。そこで、AI音声を活用して、テキストをAIがアナウンサーの声で読み上げるようにすればよい。住民にとっても、聞き取りやすい。他方で、災害対応にあたる役場職員は多様な業務に追われ忙しい。マイクに張り付いて原稿を読み上げる時間は無駄だ。必要なデータやテキストを入力しておくとあとはAIが読み上げてくれる。職員は入力作業の時間だけ必要で、あとはほかに数多くある業務に従事できる。
防災無線からさらに進んで、避難行動要支援者名簿に登載されている住民などに対しては、スマホへのプッシュ通知などを通じたきめ細かい情報提供も必要になる。黒電話のころはできなかったきめ細かいサービスが、スマホの普及により可能になってきている。
町村においては、公共交通の問題が深刻な地域が多い。鉄道がなかったり、バス路線が縮小されたりして、住民、とりわけ高齢者の移動手段が限られてきている地域が多い。だが、AIの発達は、過疎地域における無人運転バスの運行を可能にしている。現在の法律では完全に無人化することはできないが、法律改正によっては可能な技術がすでにできていて、茨城県境町では実用運転が始まっている。
講演会や研修で以上のようなことを話すと、「では何から手をつければいいか」という質問が来るのが通例だ。その場合には、「デジ田メニューブック」を紹介することにしている。これは、内閣官房のWEBページ内にある。デジ田甲子園の事例を中心に、デジタルを活用した地域の課題解決や魅力向上の優れた取組みを紹介しているものだ。
デジ田メニューブック(内閣府HP)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digitaldenen/menubook/index.html
数多くの先進事例がここには集まっている。例えば、「防災」にチェックマークを入れて検索ボタンを押すと10を超える先進事例が出てくる。それぞれは、テキストによる解説と、1分10秒にまとめられた動画とから構成される。動画があるので大変わかりやすい。各項目を合わせると100を超える先進事例がある。町村の事例も数多く掲載されている。是非、一度のぞかれてはどうだろうか。
デジタルディバイド対策の多くは高齢者の対応だ。スマホを持っていない高齢者も少なくない。だが、情報通信白書によると、過去10年間で高齢者のインターネット利用率が劇的に向上している。70歳代でも、80歳以上でも40ポイントの上昇だ。実際はどうなのか。身近な例で恐縮だが、筆者には大阪で1人暮らしする88歳の実母と、静岡で1人暮らしする92歳の義母がいる。5年前は当然ガラケー利用だった。だが、筆者に孫(つまり彼女らのひ孫)が誕生したあと状況が変わった。「みてね」というミクシィ社の写真・動画共有アプリがある。私の子どもたちはこのアプリを使い、赤ちゃんの写真や動画を毎日大量にアップしている。登録された親戚である筆者もリアルタイムでそれを共有し、ダウンロードしたり、コメントを書き加えたりできる。これを母、義母に、それぞれスマホで見せたところ、いずれも食いつきが凄かった。「私も早く登録して」という母たちの依頼を受けiPadを購入しLTE回線を大阪と静岡で契約した。今では、毎日何度もひ孫の様子を見に来ていることが既読機能でわかる。また、コメントも時々入力されている。インセンティブがあれば高齢者でも使えるようになるということを痛感した。
町村に住む高齢者も地域とのつながりが少なくなっているかもしれない。だが、遠く離れた家族とのつながりの機会をデジタルで与えられたり、同窓生とオンラインで飲み会をしたりできることは大きなインセンティブになり得る。役場にとっても、スマホやタブレットを導入してもらえれば、健康管理や安否確認にも使える。「高齢者だから無理」ではなく、「高齢者だからこそ必要」と頭を切り替えて、導入の促進を図るべきだろう。
町村の多くは人口減少・高齢化が一層深刻化する中で様々な課題に直面しており、言葉を選ぶ必要があるが「課題先進地」ともいえる。そこでのDXの取組みは、地域発の新たな取組みの先駆けともなり得る。中山間・離島や豪雪地帯など条件不利地域を抱える町村は、逆にいえば、「必要は発明の母」の舞台だともいえる。
もちろん単独町村だけでは取り組めない課題も少なくない。一定の地域が連携して取組みを進めるとか、あるいは、互いに教え合うことのできる町村間のDX関連のコミュニティを作るなど、様々な連携が求められるところである。
全国町村会に置かれた「町村からの地域情報化研究会(座長:月尾嘉男東大名誉教授)」は、令和4年5月に報告書『町村発、地域からのデジタル変革をめざして』を発出した。町村へのアンケート調査や先進事例町村での取組みのヒアリングなどを踏まえて、1年間にわたる議論をとりまとめている。
報告書は、社会の課題解決に向けて避けて通ることはできず、「真正面から受け止め」て「条件不利地域等も含め様々なハンディキャップを抱えながらも多様な町村が積極的に取り組むことで、地域社会を持続可能なものに変革していくという積極的な意義づけを」すべきとする。
そして最後に、今後の取組みにあたってのメッセージを町村長及び町村職員の皆さまに贈るとして、「町村からのDX推進十箇条」を記している。とりわけ、①町(村)長のリーダーシップと対話で変革する、②職員の意識改革~みんなで進める~、⑧近隣や各地の仲間とつながる、⑩セキュリティ対策を確実にしよう、あたりは、今後のDX推進にとって不可欠な観点だと考えられる。
小規模自治体の強みを活かし、また弱みを克服するためにも、町村長及び町村職員の皆さまが、DXの推進に一層取り組まれることが求められている。国土を守る重要な役割を担っておられる皆さまの積極的な取組みを期待する次第である。
《町村からのDX推進十箇条》 |
---|
1.町長・村長のリーダーシップと対話で変革する
2.職員の意識改革~みんなで進める~
3.日々の改善・創意工夫をこらす
4.デジタルの得意分野を増やす
5.ひとを育てる
6.地域ぐるみでデジタルを活かす
7.地域に根ざして個性を磨く
8.近隣や各地の仲間とつながる
9.将来(未来)を見据える
10.セキュリティ対策を確実にしよう
|
『月刊ガバナンス』誌上に、「自治体DXとガバナンス」というテーマで連載をしております。 |
稲継 裕昭(いなつぐ ひろあき)
早稲田大学政治経済学術院 教授
1958年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。大阪市に13年間勤務後、姫路獨協大学助教授、大阪市立大学教授、同法学部長を経て、2007年から現職。京都大学博士(法学)。
全国町村会「町村からの地域情報化研究会」副座長。
内閣府消費者委員会委員、内閣官房内閣人事局、内閣官房、内閣府、総務省、文部科学省の審議会委員や、公務員制度改革担当大臣アドバイザー等多数歴任。
現在、内閣官房「新型インフルエンザ等対策推進会議」委員、総務省「社会の変革に対応した地方公務員のあり方に関する検討会」委員、同分科会長等を務める。
自治体関連では、現在、地方税共同機構運営審議会会長、金沢市DX会議座長、大阪市DXアドバイザーのほか、茅ケ崎市、越前市、新宿区、本庄市等で行革会議等の委員長を務める。日本都市センター評議員、同センター「デジタル人材の類型化及び確保・育成に関する研究会」委員、「デジタル社会における都市経営と都市政策に関する研究会」委員等も務めている。著書に、『AIで変わる自治体業務―残る仕事、求められる人材』『職員減少時代の自治体人事戦略』『シビックテック―ICTを使って地域課題を自分たちで解決する』等、約30冊。