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「デジタル田園都市国家構想」と農山漁村の地域振興

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年11月14日更新

作新学院大学名誉教授 橋立 達夫(第3220号 令和4年11月11日)

本年6月、『デジタル田園都市国家構想基本方針』が閣議決定され、公表された。内閣官房のホームページには、構想の目的が次のように述べられている。

「現在、地方は、人口減少や少子高齢化、産業空洞化など様々な社会課題に直面しています。デジタルは、こうした社会課題を解決するための鍵であり、新しい付加価値を生み出す源泉です。デジタル田園都市国家構想は、デジタルの力で、地方の個性を活かしながら社会課題の解決と魅力の向上を図ります。そして、『地方に都市の利便性を、都市に地方の豊かさを』を実現して、全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会を目指します。」

地方にとって、良いことずくめのように見えるが、この構想の問題点を、町村の立場から見るとともに、特に農山漁村地域における構想の受け止め方として、「集落活性化室」の設置を提案する。


デジタル田園都市
国家構想の問題点


集住の先は合併論へ?

まず、デジタル田園都市国家構想とされている点に注意を払う必要がある。「地方に都市の利便性を、都市に地方の豊かさを」を実現するということであるが、基本方針には「全国に1、000カ所のサテライトオフィスを作る」とある。この構想の背景には、行政の効率化のための「集住」が強く意識されており、その延長線上で全国を1、000の都市、もしくは都市圏に集約するという合併論に向かうことが懸念される。


見えない財政支援の具体策

また構想には、「国は、自らが目指す社会の姿を描き、自主的・主体的に構想の実現に向けた取組を推進する地方を支援する。」とされている。しかし具体的な財政支援の方策は示されていない。現在の国の財政状況を考えると、全国一律の財政支援ではなく、積極的な取組を提示した地域を選んで支援するコンペ方式が想定されていると思われる。すでに「デジ田甲子園」なるアイデアコンペも行われている。このような地域を競わせる政策は、また新たな地域間格差の助長につながるのではないか。


デジタル推進人材の
育成と配置

国が主体的に進める分野についても具体的な方策は示されていない。例えば「デジタル推進人材を230万人育成」とあるが、数字の根拠が見えない。そもそも「デジタル推進人材」の定義自体がはっきりしない。さらに全国に1、000カ所のサテライトオフィスをどう作るのか、どのように人材を集めるのかは全く見えない。サテライトオフィスを作れば直ちに求められる人材が集まってくるわけではない。確かにリモートワークの拡大や地域おこし協力隊の活躍等、若者の田園回帰の流れが進み、全国各地で若者が活躍するようになった。さらに共鳴者がそこに惹きつけられることによってUターンやIターンの若者が集まり、各地で新しい地域おこしが始まっている。しかしその場合は、企業なり人材なりが、移動先の地域の力、すなわち基礎自治体の力、集落の力を選んでいるのである。そこを抜きにして人を動かすというのは現実的ではない。


「誰一人取り残さない
社会を作る」?

「誰一人取り残さない社会を作る」という記述も気にかかる。これはマイナンバー制度のことを言っているように思われる。しかしマイナンバー制度を含むデジタル化推進は、個人情報の管理が極めて難しく、また集権化につながるという指摘もあることに留意しなければならない。構想に言う「新しい資本主義」への政策転換が進めばよいが、現状ではその潮流は見えない。また私自身、社会福祉協議会地区部会の代表として地域福祉に取り組んでいるが、誰一人取り残さないということの難しさを痛感している。国がデジタルで「誰一人取り残さない社会を作る」などと安易に言って欲しくない。一人ひとりの住民と向き合うことのできる小規模町村、そしてNPOや市民ボランティアによる活動こそ「誰一人取り残さない社会」の最前線であることを、再確認しておきたい。


地域振興に役立つデジタル
技術情報の収集と提示

国は、地域振興に役立つデジタル技術情報を、世界中から集めて地方に提示する役割を担ってほしい。ドローンを用いた農地や山林の管理、農林漁業生産の自動化、地域医療や教育の現場におけるリモート対応、デマンド交通の運行管理、災害の予測と警報通達、地域プロジェクトのクラウドファンディング、商品のデザインやマーケティングなど、デジタル技術を用いてシステム化された対策が、地域の生活環境、産業に貢献する場面は多様に考えられる。本年夏の「デジ田甲子園」では、159ものアイデア応募があり、この世界の可能性の広がりと、社会の対応力がすでに高いことが覗える。ただし、モデルになる地域があるから、それに学べというのでは、従来の国の政策と変わらない。


以上のように、様々な問題はあるが、地方創生に代わる国の政策の柱として、地方の期待は大きいであろう。この構想によって、情報、人材、そして財源による支援が明確に示され、また地方の創意工夫を尊重し地方の活力を活かす政策が生まれることを期待したい。


農山漁村地域の
課題と対応


農山漁村集落が抱える
三つ巴の悪循環

さて、デジタル田園都市国家構想への具体的な対応は地方に委ねられている。そこで特に国の政策ではなかなか陽の当たらない農山漁村集落の活性化を念頭に、その方策を考えてみよう。

今、全国の農山漁村地域の集落では、ほとんど例外なく、次のような深刻な問題を抱えている。

➡ 人口減少

➡ 進む少子高齢化

➡ 学校の統廃合

➡ 商店の撤退

➡ 交通不便

➡ 空き家の増加

➡ 伝統文化の衰退

➡ 産業不振

➡ 耕作放棄地や山林の荒廃

➡ 鳥獣害

➡ 激化する災害

➡ 合併が行われた地域では、役場が遠くなり相談できる相手がいない


人口減少・環境劣化・経済衰退が相互に絡まって三つ巴の悪循環に陥っているのである。住民は、「このままでは、地域の将来はどうなるのだろう」と思ってはいるが、「不安だけどどうしたらよいかわからない」、「もう、自分の代で終わりでもいいか…」という、諦めの表情を浮かべていることも多い。

また今、多くの町村は慢性的な財政難や人手不足に悩まされ、行政の効率化に力を入れざるを得なくなっている。その流れの中で、わずかな人口のために公共交通、給水や配電、道路の維持や除雪などに経費や人手をかけるのは非効率であるという考えが強まる。その結果、集落再編による集住化を進めようという動きにつながっている。

しかし、町村の中でも辺境とみなされる集落に住み続けている人とその集落こそ地域の宝と考えることはできないか。こうした集落と住民は、自然の力と経済的な圧力に対峙し地域の環境を最前線で守っている。その方たちが高齢化のため、次第に、あるいは急速に力を発揮できなくなっているという事情があるかもしれないが、それでも彼らは火事場の纏持ちのように地域の最前線で地域を守ってきたのである。また次世代を地域に引き寄せる力を持つキーパーソンである。


「集落活性化室」設置の薦め

この厳しい時代の今こそ、この集落と住民を守ることを考えるべきである。そのため、町村長直属の「集落活性化室」を設置し、対策を進めることを提案したい。


「集落活性化室」の役割

「集落活性化室」の役割は次の4点である。

・集落住民の日々の生活環境を守る

・住民とともに集落の課題を掘り起こし活性化の道を見つける

・自立して生活できる居住者の誘致

・集落のターミナルケア


集落住民の日々の生活を守る

集落住民の生活環境を守るため、住民の立場に寄り添って考え活動することが集落活性化室の職員の第一の役割である。厳しい状況を乗り越えるために、常に住民と向き合い、手を携えて地域の生活を守る。また集落を守っている隠れた力、例えば近くにいる親族や友達、NPOなどの支援団体との協力関係を見える化して、能動的な地域社会をつくる。さらに必要に応じて地域おこし協力隊や集落支援員を導入し、協力して業務を行う。そして役場内では住民の立場で各部署と折衝する役割を担う。こうした経験を経て、住民主体で考えることのできる職員が育ち、ひいては役場全体の成長が促される。

集落活性化室は、同じような地域課題を持つ外の世界との関係も作り上げる。デジタル社会の多様な地域振興策の選択肢が共有されることにより、同じような地域課題を持つ地域、あるいは地域課題を解決するためのリソースを持つ地域と持たない地域が遠隔で協力関係を持つことが可能になる。例えば農山漁村特有の季節性の高い小さな仕事を地域間で紡ぎ合わせて1年の生活を成り立たせるような、新しい地域生活像も見えてくる。


住民とともに集落活性化の
道を見つける

前述のように、人口減少・環境劣化・経済衰退が相互に絡まって三つ巴の悪循環に陥っている。地域振興の可能性を見出すためには、住民が改めて自分たちで地域の状況を見つめ、地域おこしの道筋を見つけることが大切である。

従来、地域の将来に関わる相談事は、町内会や自治会の役員、協同組合の長など、地域の有力者と行政の間で行われてきた。しかし地域の暮しを広く深く見つめ、課題を見つけるためには、より幅広く住民、女性や若者、そして子どもの声も聴く必要がある。そのため、ワークショップ型の会議を提唱したい。ワークショップ型会議は、参加者全員が意見を出し、それを参加者全員が聴く新しい会議の方法であり、参加者全員が頭と体を動かし、目的を達成するミッションである。話し合いの中からみんなでやるべきこと、できることを考えることによって、地域おこしの計画を立てる過程から担い手が生まれ、動き始めるという状況が生まれる。集落活性化室職員は、住民の声を広く深く聴くための必須スキルとして、ワークショップ型会議の手法を習得しておきたい。


自立して生活できる居住者の誘致

リモートワーク中心で生活できる人、新規農林漁業就労者、起業家など、自立して生活できる居住者の誘致に努める。この場合、必ずしも定住にこだわる必要はなく、二地域居住、あるいは遠隔地からの協力体制を含めて確保することを考えてもよい。

この誘致活動は、闇雲に呼び掛けても効果は薄い。可能性のある人が集まる場所に情報を届ける必要がある。まずは現在の住民の家族、地元の中学、高校の卒業生などに声を掛けるべきである。そして新規の参入者を求めるには、地域の維持振興のため来て欲しい人材の分野を定め、その人たちのサークルに対象を絞った誘致活動を行う。例えば漁業者が欲しければ釣りの雑誌に、農業後継者が必要なら新しい農業や環境、健康食物などの雑誌に、子育て世代に来て欲しければ子育ての雑誌に絞って、地域PRと誘致情報を掲載するなどの工夫が欲しい。

そして最終的に地域に人材を引き寄せるためには、地域の側が選ばれる地域になる必要がある。今選ばれている地域の条件は、必要なデジタルインフラの整備、交通の便や医療、教育などの生活環境整備に加えて、移住者や起業者への給付金や住宅貸与など、自治体の積極的な誘致策が用意されていることである。さらに本当の決め手は、実は人の優しさや明るさなど、デジタル社会と対極にあるアナログの世界である。そしてこのアナログ的な力の源泉は地域住民の人間力である。とくに農山漁村の高齢者の力、女性の力は大きい。自然と対峙し、また自然とともに生活を重ねて来られた農山漁村の高齢者の力、全人的な人格は強く人を惹きつける力となる。また家族の健康を守り、子どもや高齢者の世話を担い、近所づきあいをし、家業にも力を発揮してきた女性たちの人間力、包容力も極めて大きい。こうした人たちがいることこそが、先端の技術者たちを惹きつける力になる。そしてデジタルネイティブと言われる若者と、こうした地域住民とのコラボこそ、これからの農山漁村の活力が湧き出る泉になるのではないか。


集落のターミナルケア

集落の最期をきっちりと看取るのも「集落活性化室」の重要な仕事になる。最後まで守った住民に感謝し、顕彰し、語り継ぐ。この事業こそ集落活性化室が初めに取り組むべき事業かもしれない。地域の最前線で活躍している人、活躍してきた人への感謝の気持ちを持つことが地域行政の基本だからである。その想いが将来のUターンや孫ターンにつながるかもしれない。そしてこの想いは国民全体の共通の意識になるべきだとも思う。


おわりに

新自由主義経済政策の下での過度の競争社会から貧富の差、地域格差が生まれている。しかし、こうした状況に巻き込まれながらもアナログな部分を多く持ち続ける農山漁村地域こそ、将来の国民の生活を支える基盤になるのではないか。そして基礎自治体には、デジタルの世界とアナログの世界との結節点として重要な役割がある。その際、アナログ的な力を保ち活かしていくということが大切で、その点、首長や役場職員が住民をほぼ知っている小さな町村は優位にあるということができる。その優位をより高めるのが「集落活性化室」の力である。

さて今、国土防衛への関心が高まり、防衛費の大幅な増強も言われている。しかし、地域の最前線の環境と生活を守り、大規模な災害から国を守るのも大切な国土防衛の柱である。そのことを忘れない構想と政策を望みたい。「誰一人取り残さない社会を作る」ために。