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箱根山ろくの老舗酒蔵がSDGsをめざし脱炭素日本酒 「推譲」を醸造、二宮尊徳の教えにちなむ

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年8月8日

島根県立大学名誉教授 田嶋 義介(第3209号 令和4年8月8日)

神奈川県西部、箱根山ろく南側に広がる足柄平野に立つ、江戸後期の1789年(寛政元年)創業の老舗井上酒造(足柄上郡大井町、井上寛社長)がSDGs(持続可能な開発目標)の実現をめざし、友人の小山田大和氏が運営するソーラーシェアリング(営農型太陽光発電システム)で酒米を作り、太陽光電力で脱炭素日本酒を醸造、江戸後期の農政家二宮尊徳の報徳思想にちなみ「推譲」と名付け、販売している。

井上社長(73)と小山田氏(42)の交友は15年に及ぶ。2人は2007年に「小田原足柄異業種勉強会」で出会った。中心都市の小田原市が話題になりがちで、10年に「かなごて」勉強会が始まり、ここも一緒だった。「かなごて」は、JR御殿場線(小田原市の国府津駅~静岡県の御殿場市・御殿場駅~沼津駅)の神奈川口を指す。

2011年3月の東日本大震災、東京電力福島第1原発事故が衝撃を与えた。小山田氏は原発を調べ、持続不可能な仕組みであることに気づく一方、農業は必要な産業なのに、後継者不足、耕作放棄などで絶滅危惧種産業と思うようになった。農業と自然エネルギーの分野で生きていける形を造る必要があると痛感、勤務していた郵便局を辞めた。16年に合同会社小田原かなごてファームを設立、ソーラーシェアリング1号機を建設した。

井上社長は、長年日本酒醸造をしてきて「自然の力は人間の及ばない大きな力。自然の偉大さに畏敬の念を持つようになった」。

「酒蔵の生命線は日本の農業」と思い、農業の将来に危機感を持ち、まずは地元の米を買うことから始めた。小山田氏の誘いで、自然エネルギーの講演会などを聞き、2017年頃から、SDGsを目指そうと思い始めた。18年に小山田氏のソーラーシェアリングで酒米作りを始めたが、台風で設備が倒壊、失敗。翌19年は、酒作りができるほど収量がなかった。20年に取れ、翌年に「推譲」が生まれた。コストは数万円ほど高くなったが、井上社長は「小山田氏やウチの取組を理解してくれるお客様には十分魅力的な、納得してくれる価格で販売でき、今後も続けられるだろう」と話す。井上酒造は20年9月から、全電力を自然エネルギーに切り替えた。

「推譲」の化粧箱には、「至誠」、「勤労」、「分度」と印刷され、報徳思想の4つの教えへの思いが込められている。井上社長は4文字の意味を「真心を込めて、コツコツと働き、身の丈に合わせて暮らし、余剰が出たら、社会や次の世代のために使う」と説明する。SDGsも持続可能な社会にするために、大量生産・大量消費を止め、将来に使えるようにするという意味で、報徳思想に似ているそうだ。