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書店の再生からはじまる物語

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年11月29日

國學院大學教授​ 西村 幸夫(第3181号 令和3年11月29日)

愛媛県内子町と言えば歴史的な町並みが残り、まちづくりに熱心な町としてよく知られている。しかし、中心部の伝統的建造物群保存地区から車で30分ほどのところ、小田川の源流域に位置する人口2千人の小田のまちを知っている人はそれほど多くないだろう。

ここに私のかつての教え子、O君が移り住んで2年半となる。2017年5月に研究室の調査で初めて訪れたことが契機となって、田舎町の可能性に目覚めたと本人は言っている。移住にあたっては地域おこし協力隊のしくみを利用している。10年前まで書店だった建物に移住し、自分の蔵書を元手としただけの貸本屋「どい書店」の店主となった。これを皮切りに、現在では週末限定ではあるものの喫茶店を仲間と共にオープンしている。「田舎町にたった一つの喫茶店を作りたい!」という決め台詞のクラウドファンディングで80万円を超す資金を集めている。地元の方々のたまり場兼情報センター的な役割を果たしているようだ。

小さな田舎町での貸本屋はあまりのリスクだが、地元の人にとってはなつかしい書店が再生したことがきっかけとなって周囲の応援ネットワークにつながっているようだ。O君の移住のあと、10人ほどのクリエーターやライター、自営業の多彩な人々が小田に移住してきている。移住の理由はさまざまだが、どい書店がきっかけ造りに貢献している。

こうした人たちが中心となって、空き家を活用したシェアハウスやテレワーク拠点兼ゲストハウスなどが複数オープンし、さらに移住を希望する人と空き家とをマッチングするしくみも4、5棟の実績を生み出し始めている。

これまでとは異なった感性や価値観を持った人々とクリエイティブにつながれることが地域の可能性を広げている。おそらくこれまでもこうした潮流はあったと言えるが、コロナ禍と、それに即応して急速にひろがってきた自然と近しい適疎な暮らし、リモート会議の普及などが時代の歯車を一挙に進め始めている。

人と人との新しいつながりが地域の可能性をひろげ、小田のまちがこれからも元気であり続けることを願わずにはいられない。