ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > コラム・論説 > ワクチン接種と自治体の規模

ワクチン接種と自治体の規模

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年6月21日

東京大学名誉教授 大森 彌(第3163号 令和3年6月21日)

新型コロナ流行の前、われわれは、なんと自由に移動し密集・対面を常としていたことかを思い知らされた。それが1年半近くも大きく制限されつづけている。それだけにワクチン接種への期待が膨らむ。その接種には、感染しても症状が出るのを抑える効果、症状が出ても重症にならない効果、そして多くの人がウイルスへの抗体を持つことで社会全体が守られる「集団免疫」の効果があるとされ、重症者を減らすことができれば医療機関の負担軽減も期待できるからである。ただし、ワクチンを接種しても感染することはあるため、マスク着用・消毒・「3密」回避など感染対策は引き続き必要であり、気は抜けない。

予防接種法に特例規定(第7条)があり、厚労大臣は、新型コロナウイルス感染症のまん延予防上緊急の必要があると認めるときは、その対象者、その期日又は期間及び使用するワクチンを指定して、「都道府県知事を通じて市町村長に対し、臨時に予防接種を行うよう指示することができる。」とされている。当然ながら、都道府県知事は、それぞれの区域内で円滑に予防接種が行われるよう、市町村長に対し必要な協力をするものとするとなっている。国は、16歳以上の住民を対象に、2021年2月17日から22年2月末までの期間を予定し、まずは米国ファイザー社製のワクチンを使用し、全国の各自治体で、原則として、医療従事者、高齢者、基礎疾患を有する人と高齢者施設の従事者の順で接種が行われることを想定し、自治体の準備と接種開始を要請した。

ただし、高齢者人口が5百人程度未満の離島や町村について、接種を希望する高齢者数を上回るワクチンの供給が得られた場合は、高齢者に対する接種時期であっても、接種優先順位にかかわらず、高齢者以外の接種対象者を対象に接種を行うこととして差し支えないというのが国の方針であった。さらに総人口が1千人程度未満の離島や市町村についても同様の取り扱いとすることになった。小規模自治体は接種券が全住民に行き渡りやすいという事情もあり、確保できたワクチンの量次第では、高齢者の接種時期でも高齢者以外の住民が接種することを認めたほうがワクチンを無駄なく使うことができるからである。

住民がワクチン接種を受けるには、市町村から送られてくる「接種券」と「新型コロナワクチン接種のお知らせ」を見て、電話やインターネットで予約しなければならない。大都市では予約がなかなかとりにくく不満が募ったし、先着順の一辺倒の予約方法のためネット弱者は置いてきぼりになりがちとなった。

対象者の数が少ない自治体では、もっと温かみのある予約方法をとれた。例えば、接種対象者が約5百人の福島県桧枝岐村のように、役場職員が手分けして家族構成や職種を考慮して接種日時を各人に割り振り、各戸を回り伝えることができる。小さい村では住民の顔や仕事を知っているので都合のつきやすい時間帯が判断できる。交通手段のない人は役場の公用車で送迎もできる。日時の変更希望はあっても苦情は出ない。こうして、高齢者だけでなく全住民向けの集団接種が行われる。もっとも緊急事態宣言の対象エリアにいる大学生などが接種できないケースへの対応とか医師の確保に苦労をすることがあるが、自治体の規模が小さいがゆえに配慮の行き届いた事業施行が可能になったといってよい。

そういえば、国が緊急経済対策として、市町村を通じて一律10万円を支給するという特別定額給付金事業が実施されたことは記憶に新しいが、自治体の規模によって作業の進捗に大きな差が出た。世帯主数の少ない町村では、難なく、素早く支給を終えることができた。「小さいことはいいことだ」が実証されたといえる。今後とも、新型コロナ対策をめぐる顛末は自治体規模の大小をめぐる議論に大切な検証材料を提供するといえよう。