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ポストコロナを村から学ぶ

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年5月24日

民俗研究家 結城 登美雄(第3160号 令和3年5月24日)

新型コロナウイルスの感染拡大と世界的流行と長期化。私たちの社会と世界はどうなってしまうのか。誰もが大きな不安を抱えたまま、その呪縛から脱け出せずに悩み苦しんでいる。私が身近で見聞きする印象では、企業社会を生きてきた人々、とりわけ都市居住者の苦しみが大きいと感じている。皆、異口同音に「これからも、ここで暮らしていけるだろうか」と、都市で生きていく不安を口にする。私はそうした人々に対して「都市だけが人間の生きる場所ではない。日本の農山漁村を、あなたの第二の人生の場、新しい生活の場として考えられないか」と問いかけている。

今から150年前の明治の初め、日本の人口は3、000万人ほどで、その90%は村に住んでいた。村の平均規模は戸数60~70戸、人口370人前後。そんな村が明治21年に71、314もあった。城下町を土台にした武士や商人の人口は1割ほどで、いわば近代日本は小さな村の集まりから始まったのである。それが明治・大正・昭和・平成の合併を経て1、700余りの市町村に統合されたが、それはうわべだけのことで、生活の基盤である原型としての家族の村は、戸数・人口ともに減少したとはいえ、その95%が今も生き残っているのである。約130年を経て、なお持続可能な村とは何か。村を村たらしめた力とは何か。それを問わずに、お手軽な統計数値だけで、人間及び家族が生き暮らす「器」としての集落や地域のありようを判断してはならないのである。

私はこの30年近く、東北を中心に多くの農山漁村集落をたずねまわり、その土地を懸命に生きてきた人々から、村を生きるための大切なことを教えてもらってきた。いま、行き詰るコロナ危機の現状をみながら、何百年も人間の生活と人生の場だった日本の村に向き合い学べ!と言いたい。そこにポストコロナ社会にとって大切な知恵とヒントが眠っているのではないか。もう一度、日本の小さな村々から学ぶ時代がやって来つつある。