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農学の原点

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年2月1日

福島大学教授 生源寺 眞一(第3147号 令和3年2月1日)

昨年6月に設立された復興農学会の活動が本格化している。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故からの復興に向かう農林水産業を支えることが学会の第一の目的である。これまでも多くの大学などによる学術的な調査研究が行われてきたが、福島大学に設立された食農学類が一種のハブ的な役割を担うかたちで、学会が組織されたわけである。町村週報に学術団体に関する情報をお伝えするのは異例のことだろうが、ふたつの要素を考慮している。

ひとつは通常の学術団体とは異なって、自治体や企業・団体などの実務家、さらには農林水産業を営む実践家の学会活動への参画を重視している点である。電子ジャーナルで発刊される学会誌の第1号には、通常の論文以外に現場からの報告や意見の発表のページが設けられており、町や村からの寄稿も掲載される。もうひとつの要素は、近年になって自然災害の頻度と深刻度が増していることから、とくに農林水産業を基盤とする町村との強い結びつきが必要だとする学会の判断である。冒頭に大震災と原発事故からの復興が第一の目的だと述べたが、これに加えて全国各地で多発する災害に真摯に向き合うことも学会のミッションなのである。

復興農学会は災害のダメージに打ち勝つために設立されたわけだが、農学の歴史を振り返ってみるならば、具体的な課題に取り組む点では、本来の農学のあり方に立ち戻る面もあるように思われる。作物の収量を増やし、肥料の効果を高めるといったテーマとともに歩み始めたのが、19世紀の半ばにイギリスでスタートした組織的な農学研究の姿だった。けれども学問の深化とともに、専門領域が細分化されることで、そもそもの課題に対する意識が希薄になる傾向も否めなかった。「農学栄えて農業滅ぶ」とは東京農業大学初代学長の横井時敬の言葉であるが、まさに現代の農学のひとつの側面を鋭く突いていると言えよう。実務家や実践家とのつながりの重要性、したがって町村との結びつきの大切さを意識することは、農学の原点を見つめ直すことでもある。