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命がつながるということ

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年1月11日

ジャーナリスト 松本 克夫(第3145号 令和3年1月11日)

埼玉県飯能市の山間に、野口勲さんが営む「日本でただ一軒の固定種(在来種)専門のタネ屋」がある。野口さんによると、農家が自家採種を続けてきたタネを在来種といい、そのうちタネ屋などが形質を固定したタネが固定種である。昔は自家採種が当たり前だったが、昭和30年代の高度成長期ころから農家もタネを買うようになった。固定種が次々にF1種に取って代わられたからである。異品種同士をかけ合わせて作った一代限りの雑種がF1種である。

固定種は、味はいいが、「タネが2、000粒あれば2、000粒とも互いに違う個性を持っています」というほど個性豊かだから、収穫時の形や大きさはまちまち。一方、F1種は、味は劣るが、ある時点で一斉に収穫できるし、工業製品のように形や大きさがそろっているから、市場で取り扱いやすい。「今は味よりも見映えが優先されます。規格がそろっていないと、市場で引き取ってくれません」から、どうしてもF1種が優位に立つ。

固定種は年々自家採種を続けていると、段々環境に適応していく。「根や葉の表皮細胞がその土地の気候風土を判断して、その土地で育ちやすいタネを作ってくれます」。固定種のタネは植物と気候風土との合作といっていい。野口さんは、固定種にこだわる理由を「命がつながるのが昔のタネです。命のつながりには皆物語があります。F1種が制覇した今は命がつながらなくなりました。F1種は地球生命の環からの脱落です」という。

流行らなくなっていた固定種のタネ商売だが、昨年以来、少々異変が起きている。野口さんの店が受けた昨年4月の1カ月のタネの注文は、前年の年間の注文数の75%に達した。コロナ禍で食の安全へのこだわりが強まったせいだろう。「命はいったんなくなったら作ることは出来ませんが、一粒万倍という言葉があるように、健康なタネが一粒でもあれば、万倍、億倍、兆倍と増えていきます。生命には無限の可能性があります」。野口さんはつながる命の可能性に賭ける。