國學院大學教授 西村 幸夫(第3141号・令和2年11月23日)
コロナウイルスの話題ばかりの毎日で、滅入ってしまうことも多いが、そんな中で見えてきたこともある。本稿では、その「見えてきたこと」を町村との関係で考えてみたい。
まずは、「三密」について。
「三密」という言葉を見かけない日はない。新語のはずが、瞬く間に一般名詞となってしまい、いまや少し陳腐なひびきさえある。
「密閉」は単に空間が閉鎖されているかどうかを判断する言葉なので、とりたてて価値に関わる語ではないが、残りふたつは、人との距離が近いことを意味する「密接」にしても、多くの人が一か所に存在する「密集」にしても、これまでどちらかというとプラスの意味で用いられることが多かったといえる。密集の典型が大都市であるし、密接なコミュニティは疎遠なコミュニティより好ましいに違いない。
人の多さや近さが価値を生み出すという無意識の思い込みが私たちにはある。交通手段も通信手段も、高層ビルを可能とした建築技術も、普段私たちが活用している20世紀生まれの発明の多くは「密」であることを支える技術でもあった。その背後には「密」であることに価値を見出すという20世紀的な価値観がある。
ただし、「密」にも限りがある。古来、大都市化を阻む最大の要因は、飲料水の確保と密住による伝染病の蔓延だった。利水ダムの建設や公衆衛生の発達によって、この二大課題が乗り越えられたところに、通勤を可能とする自動車や鉄道の発達が重なり、近代の大都市が生まれることとなった。
ところが今回のコロナ禍は、伝染病の蔓延が現代でもまだ克服されていないという事実を白日のもとに晒した。新しいウイルスが生まれるたびに、今後もこうした危機は繰り返されるだろう。大都市はいまだに伝染病の脅威を克服していない危うい存在なのである。
振り返って町村での生活を考えてみると、「三密」とはまったく異なる様相が見えてくる。「過疎」が課題となっているのだから、祭礼などの特別なことでもない限り「密集」とは無縁だろう。自動車での移動が日常化しているので、「密接」からもへだたっている。住空間も都会と比べると十分広々としているので「密閉」からもほど遠い。
デジタル革命の先に21世紀の社会があるとすると、それは「密」にならなければ実現できなかったような便益を、「疎」の中でも可能とする、いやむしろ「疎」の方がより安全で、生産的な生活様式であるという価値基準を造り出すものであるといえるだろう。ネット社会では、情報もネット上にある。都市にいれば情報にありつけるというわけではない。
「密」ではなく、「疎」の中にこそ可能性を見出すのが21世紀的な視点だと言えるとすると、町村にこそコロナの時代を乗り越える知恵と対処法があると言えるのかもしれない。
もうひとつコロナ禍で、とりわけ4月から5月中旬にかけての緊急事態宣言下で喧伝された文句として「不要不急」の外出を避けるということがあった。――いったい「不要不急」とは何か。これだけ「不要不急」の外出が悪者扱いされると、そもそも「不要不急」であることそのものがいけないことのように思えてしまう。
しかし、本当にそうだろうか。「不要」と「不急」をひとまとめにして扱っていいのか、必要性の度合いは誰がどうやって測るのか、誰にとっての必要・不必要なのかなどの疑問が次々に湧いてくる。
たとえば、研究者としての私の生活は、どう考えても「不要不急」に分類されてしまう。一方で日常的な雑事は間近に締め切りがあるのが普通なので、対外的には「不要不急」ではないことになる。雑用がマルで、研究がバツとなりかねないのだ。
じっくりと取り組まなければならないような本質的な課題がほとんど「不要不急」に分類されてしまうような分類法は、どこかおかしい。
生活のリズムという点で見ると、田舎暮らしの方が都会暮らしよりも、当然ながら時間がゆっくり過ぎることが多いので、その分、「不要不急」のことが多いと見られてしまうかもしれない。しかし、たとえば季節の移り変わりを実感するという精妙な感覚を「不要」や「不急」といった尺度で測っていいのか。
また、観光や交流のように「不急」ではあるが、けっして「不要」ではないというアクティビティも多い。
私たちは、「不要不急」とはまったく別の観点から、本質的なものの大切さを測る視点を持つ必要があるのではないだろうか。落ち着いて、安定した生活を送ることによって、私たちは「不要不急」を乗り越える視点を持つことができるようになる。日々、短期的な雑用に迫られて生活している都会暮らしより、時間がゆっくり流れている田舎暮らしの方がこうした視点を持ちやすいということは誰もが理解できるだろう。
重要なのは、問いかけに対して器用に答えを出せるようなフットワークの軽さなのではなく、核心に迫るような重要な問いかけそのものを発する力を私たち自身が持っているかということなのである。こうした力は、おそらく「不要不急」の努力を通してしか養われない。
今回のような災厄は、歴史の歯車を10年単位で進めてしまうということがよく言われる。おおきな痛みを伴う新陳代謝が随所に起きている。また、テレワークや電子商取引(EC)のように、これまで必要だと言われてきてはいたものの、それほど浸透していなかった仕組みが、コロナ禍を契機に一挙に普及し始めるということも実際に起きている。そもそも社会全体がデジタル化を基盤に大きく変わりつつある。
筆者自身の周りでも、これまでおっかなびっくりだったリモート会議がこのところ急速に広がり、議論のやり方も実にこなれてきた。ここ数カ月で、ほとんどリアルの会議と変わらないほどの成果を上げることができるようになってきた。みんな慣れてきたのである。そうなってくると、これまで苦労して一カ所に集まって議論していたことはいったい何だったのだろうと思ってしまう。
もちろん一堂に会することに意味がないわけではない。ただその意味とは、効率の良い合意形成といったものではなく、ほかでは得ることのできない特別な経験や感動の共有といったものだということがコロナ禍ではっきりしてきた。
こうした大きな波は、デジタル化が一番遅れていた第一次産業に次第に及んでくることになるだろう。これまでにも産直などでの工夫はされてはいたが、今後はより大きなスケールで、ビッグデータなども用いながら、新しい形の農林水産業へと迫ってくるものと予想できる。第一次産業はこれまでITの活用が低調だった分野だけに、伸びしろが大きいといえる。つまり、21世紀は第一次産業の大変革の時代でもある。
もともと農林水産業は安全安心産業の本流でもあった。ネット通販をはじめとしたつながりが急速に広がり、農林水産業における生命の生長の実感の共有とデジタル化の同時並行的進展といった新しいビジョンが生まれてくるに違いない。消費者側としても、生産者とのより緊密なつながりが、豊かな生活を送るうえでも、みずからの生活を守るうえでも、さらに求められることになる。
また、田舎に広がる数多くの空き家は、リモートオフィスやテレワークの基地としてみると、大きな可能性を秘めている。転職しなくても移住ができるという時代になってきた。大都市にないものを持っている遠隔地こそ受け皿となりえる可能性が高いということになる。
観光面でも、田舎の日常が海外の人々に訴求するものは、われわれ日本人の想像を超えている。たとえば、私たち日本人には見慣れた田んぼが続く風景も、稲作が一般的でない地域からの来訪者にはエキゾチックに映るだろう。それをたんに日本的な田園風景として紹介するだけでなく、苗代から田植え、稲刈り、刈られたあとの田んぼの風景や二毛作の様子などをビジュアルな情報として付加して物語として語るならば、目の前の風景もとてもドラマチックに見えてくるに違いない。今は訪れることのできない内外の人々に、ネットやSNSを通して様々な情報を、その背後に潜む物語と共に届けることは今でもできる。
ITの技術によって、距離的なハンディは今まで以上に克服されつつある。ドローンが物品の配達に使われ、自動運転の乗用車やバスが運行される時代がすぐそこに迫っている。そこで始まる「新しい日常」において、町村がいかに国際化しているかが問われることになる。
「新しい日常」とは、消毒などの安全ばかりに気を遣うような日常ではなく、世界がよりフラット化し、どことでもスムーズに繋がれるような日常のことだろう。その結果、コロナ禍も克服されるような日常である。
その時課題なのは、テクノロジーそのものではなく、テクノロジーを使いこなすこちら側の人間のあり方である。国際化しつつ、同時に地元にこだわるような魅力的な生活を確信を持って送ること――それが「新しい日常」に求められている。
コロナの時代、好むと好まざるとにかかわらず、家でじっとしている時間が増えているのは誰しも同じだろう。これは工夫のために天から与えられた時間である。何に向けての工夫かはそれぞれの置かれた状況によって異なるが、工夫する努力を惜しまないものだけが、準備を整えて、新しい局面を迎えられることになる。
では、「天から与えられた工夫のための時間」とは、どのような時間だろうか。――ある人にとっては、新しいビジネスモデルの構築のための試行の時間であるだろうし、ある人にとっては、これまでやろうとしてできなかったことを実現できる時間だろう。さらには、もう一度過去を振り返り、学びなおし、内省を深める時間かもしれない。
町村にとって、この時間をどう使うべきなのか――。個人的には、地域の価値をもう一度深堀りし直す時間だと考えている。日頃、忙しさに紛れて、分かったつもりにはなっているものの、突き詰めてみる余裕がなかった自分たちの住む地域のこれまでの物語、先人たちの地域づくりの努力の歴史や後背の自然環境を、もう一度土台から見直すことが出発点になるのではないだろうか。
そのためには、まちあるきによる地域の再発見といった実際活動と併行して、たとえば、地元の公立図書館が所蔵している地域資料をいちから見直してみることを勧めたい。町史や村史を読み直し、古地図や古写真をじっくりと見つめ、郷土が輩出した歴史上の人物の評伝をたどり、文化遺産の調査報告書をひっくり返し、地元の産業史にも目を配る。そうした中で、おのずと形を為してくる先人たちの物語、そこから出発することで、将来への手がかりが見えてくるだろう。
もちろんこれだけで十分だとはとうてい言えないが、ここから出発することが、コロナの時代を生き延びるために必要な選択肢だと思う。コロナの時代とは、町村にとっては追い風の時代でもあるのだ。
心配なのは、ワクチンや治療薬ができたとたんに、マスクも自粛も吹っ飛んでしまい、これまでの苦労をさっぱりと忘れてしまわないかという点である。コロナの時代に努力して見出しつつある町村の可能性を、しっかり考え続けることもまた、必要なことである。
西村 幸夫(にしむら ゆきお)
國學院大學教授
1952年生まれ。國學院大學新学部設置準備室長・教授。東京大学名誉教授。東大卒、同大学院修了。明治大学助手、東京大学助教授、等を経て、1996年より2018年まで東京大学教授。この間、MIT客員研究員、フランス社会科学高等研究院客員教授、東大副学長など。2018年より2020年まで神戸芸術工科大学教授、2020年4月より現職。専門は都市計画・都市保全計画・都市景観計画。工学博士。日本イコモス国内委員会委員長、国際遺跡記念物会議(ICOMOS)副会長、文化庁参与、文化庁文化審議会委員、同世界遺産特別委員会委員長、国土交通省国土審議会委員などを歴任。
近著に『都市から学んだ10のこと』(学芸出版社、2019年)、『県都物語』(有斐閣、2018年)、『西村幸夫 文化・観光論ノート』(鹿島出版会、2018年)、『まちを想う 西村幸夫講演・対談集』(鹿島出版会、2018年)など。