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新結合

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年9月21日

東洋大学国際学部国際地域学科教授 沼尾 波子(第3134号 令和2年9月21日)

新型コロナウイルス感染拡大を契機に、東京一極集中型の社会経済システムに変化の兆しが見えてきた。すでに、企業が本社機能を地方に移転したり、各地にサテライト・オフィスを開設する動きも拡大している。

人々の働き方も大きく変化した。在宅でのリモートワークが導入されたことにより、若年層を中心に、地方への移住を考える人々も増えてきた。2020年7月には、東京都の人口は2、522人の転出超過となった。環境の良い場所で休暇を兼ねてリモートで仕事をするワーケーションという働き方も生まれている。

では、いったいどのような地域が移住や滞在先、ないし事業所の移転先として選ばれるのだろうか。それを考えるうえで重要なひとつの概念が「新結合」である。

「新結合」とはイノベーションの和語である。イノベーションといえば「技術革新」と訳されることが多い。だが、この概念について、シュンペーターは当初、「新結合」と説明していた。これまでになかった結びつきによって、新しい製品、新しい生産方法、新しい市場の開拓、新しい原材料・半製品の供給源、新しい組織といった新次元が切り開かれ、そこから、新たなものが創造される。

つまり、イノベーションとは0から1を生むことではない。今ある資源、人材、環境、商品などに目を向け、それら一つひとつをありのままに受けとめ、それらを地域内外の資源や人材、環境や組織などと新たに「結合」することで、これまでにないものが創造されることである。島根県海士町の「ないものはない」という宣言は有名だが、あるものの「新結合」から革新を生むというイノベーション宣言と読むこともできる。

イノベーションは技術のみならず、社会組織や制度の革新という文脈でも語られる。若年世代が移住や交流を求める地域には、受入態勢に柔軟性がある。例えば、雇用や住宅を整備し、そこに当てはまる人を呼び込むとすると、移住者はその枠組みの中で生活するしかない。しかしながら、一緒に空き家のリノベーションを考えたり、地域課題をビジネスにする手法を模索しながら仕事と暮らしを創造する態勢があれば、地域の人々とヨソモノとの「新結合」による創造が起こる。

「関係人口」と一言でいうが、関係のなかから、小さくても新たな結合が生まれるかどうか。ここに地域の発展を決める重要なカギがあるに違いない。